夫婦二人で行く

20153/43/14

はじめに

 昨年10月下旬のこと、春先に何処かに行きたいなあ!・・・と、ご贔屓(?)のトラピックスのホームページを眺めていると、「e-very」というブランドの、ほぼ個人旅行プランがあるのを見つけました。ヨーロッパ、特にイタリアは豊富なプランが用意されています。

2人(以上)から催行で、添乗員は無しですが、飛行機・鉄道・ホテルはセットしてくれます。しかも空港⇔ホテルは送迎付きです。これなら夫婦二人でもいけそうだ!と「ヴェネツィア〜フィレンツェ〜ローマ8泊10日」を選択し、早速トラピックスのオフィスへ相談に・・・。

「個人なんで、飛行機はやはり直行便がいいんですが・・・」

「片道一人5千円でフライト指定ができますよ」

・・・アリタリアは昨年3月から週2便成田⇔ヴェネツィア便が出ています。尤も、この3月で早くも終了するそうです。欧州の大手航空会社も経営難は例外ではなく、エールフランスとKLMは既に経営統合済みですが、アリタリアも昨年6月にUAEのエティハド航空が支援出資をしており、開設したばかりのヴェネツィア直行便のわずか1年後の廃止も、経営合理化の一環なのかもしれません。とにかく直行便があるうちに行かなくちゃぁ・・・。

「じゃぁ、往きは成田⇒ヴェネツィア、帰りはローマ⇒成田で指定してください。・・・ところでヴェネツィア着が夜遅くになるので、一日滞在を延ばしたいのですが」

「ホテル1泊一人1万円追加です。但し、それだとローマからの帰国が金曜日になるので、フライト代が5千円アップになりますが、よろしいですか?」

・・・ほぼ個人旅行なので、要は“金さえ出せば”如何ようにもなるようです。しがない年金暮らしなので、「金に糸目は付けねぇ」・・・なんて言えませんが、まぁ折角の旅ですから、少々のことはお願いしましょう。

 かくて、我が家では欧州初めての二人旅が確定しました。その後はネットでせっせと情報収集に努めます。イタリア関係は「アーモイタリア」というサイトで様々な情報を得ることができますが、その他にもいろんな人の体験記から貴重な生の情報がゲット出来て大いに役立ちます。

 出発が近づくと、次は外貨=ユーロの手配です。概ねカード利用でOKな筈ですが、個人旅行だと、やはりある程度のキャッシュを持っていたほうが無難です。

ユーロ圏の問題児・ギリシャで1/25に反緊縮策を掲げる野党・急進左派連合が勝利するも、ドイツは緊縮策を強要して譲らず、再びEU体制は波乱含みですが、ユーロはいっこうに安くなりません(2月中旬で@135辺り)。そして贔屓の両替商は零細なので、このところユーロの在庫が払底。仕方がないのでネットで検索すると「マネーパートナーズ」という会社が見つかりました。

「悪名高き(?!)FX取引」の会社ですが、外貨両替もやっており、サーチャージは+-20〜30銭と格安。手数料も1件500円ポッキリです。これは銀行両替などよりはるかに有利です!但し円貨を振り込んだあと、8日目以降に出発空港のオフィスで外貨の受け取りとなります。横から妻が「先に金を払うなんて!・・・大丈夫? 私なら信用しないわ」と。・・・ しかし相手を信用しないことにはネット取引は始まらない。調べると当社は東証1部上場で、大和証券が18.7%の筆頭株主だし、まぁ大丈夫だろうと代金を振込みました。結果はノープロブレムで、今後も両替先として利用できそうです。

 “ITおばさん“の妻は「現地でWiHiを活用するの!」と、ネットで調べてルーターをレンタル。10日間で9,500円也。 (現地ではスマホとタブレットで大いに役立ちました。)

 

 〜〜出発1週間前にチケットや日程表が送られてきました。ホテル名をチェックすると、問題点あり!・・・3都市間は「新幹線」で移動するので、ホテルは何れも“駅から徒歩圏内”のスタンダードクラスホテルという条件。パンフにはそれぞれ代表例が挙げられており、事前にチェックしたところ、まあ及第点。ところが確定版を見ると、ヴェネツィアとローマが変更(?)されています。ローマは“格上”に変更なのでOKですが、ヴェネツィア(=宿泊は対岸のメストレ地区)は、対象6ホテルの中で、ネットでのユーザー評価最下位のホテルになっています。

 早速トラピックスに「他のホテルに変更してほしい」と伝えたところ、翌日「プラザなら取れます。但し一人1泊2千円プラスになります」との回答。・・・「ホテルプラザ」は駅の真ん前に立地し、ユーザー評価トップのホテルでこれは有難い!  トラピックスの迅速な対応に大感謝です。(初めからプラザにしてくれればもっとよかったのですが・・・)

 

 ANAなどは予約手配後は、かなり前から「座席指定」が出来ますが、アリタリアは2日前からというので、2日前の朝8時半頃に「ネット・チェックイン」で座席指定。妻は窓側希望ですが、“窓側2人席”はエコノミー最前席2つのみで、既に予約済み。それ以外にも前方窓側は殆ど抑えられており、仕方がないので前方中央通路側2席を指定(まぁ、長旅だから私は窓側より中央の方が好みです)。「チェックイン」が繋がると同時にアクセスしたのですが、素早いアクションの御仁がいるもんです。

 さぁ、ともかくこれで準備完了です。

1日目(3月4日・水)                           

 成田〜ヴェネツィア

アリタリアに乗るのは、6年ぶりです。ビジネス席を隔てるカーテンが閉められ乗客の搭乗が完了したようですが、周りを見渡すと、2人掛けの最前席と、横の窓側3席が空いているではありませんか! 素早く動いて横の窓側席へ移動し、かくして3人席を2人で使用してのラクチン飛行となりました。これはラッキー!。

 午後の成田はラッシュ状態なのか?離陸待ち時間が長く、定刻(14:35)を40分程過ぎて漸くテイクオフです。

 で、恒例の、機内食。「イ」=ラザニア、ハム&温野菜、フルーツ。「和」=牛肉すき焼き風、オクラ和え物、サラダ。

・・・ともにまずまずです。但し、欧州便各社はまず飲み物のサービスがあって、その後配膳(+飲み物)となるのですが、今回はいきなり「配膳」で、この辺りも合理化(=サービス低下)が進んでいるようです。

   

   機内最後部にドリンクバーはあるのですが、飛行途中での「おにぎり」サービスは無く(=6年前はあった!)、着陸2時間ほど前に「軽食」が提供されます。これは6年前と略同じメニューです。

   やっぱり15時間というのは長いですね!。年(=歳)ごとに長旅が身に堪える感じです。シネマプログラムも日本語版が少ないので、ほとんどウツラウツラ状態で時間を過ごして、30分遅れの22:20にヴェネツイア・マルコポーロ空港に到着。

 入国手続きは簡単ですが、荷物が出る迄に時間を要し(=このあたりはイタリアン・スタイルか!)、漸くロビーに出ると、柵の向こうに名前を書いたボードを掲げた人が4,5人います。自分の名前を見つけホッとして駆け寄ると、その日本人のおじさんは「ようこそ!」と言いおいてサッサと退散。横に日本人女性と、現地ドライバーが笑顔で立っていました。

 イタリア語しか解さぬドラバーを見つけてジェスチャー混じりでなんとか車に乗り込む・・・と“苦戦”を想像していましたが、なんと夫婦2人のために3人がかりのお出迎えで、これにはビックリするやら有難いやら・・・。

 15分ほど走って「ホテルプラザ」へ到着。本当に“駅前”で、通りの反対側はメストレ駅です。メストレ地区のホテルは 50〜60室の小規模が多いのですが、此処は200室とこの辺りでは“大型”のホテル。ガイドさんと若干の打ち合わせを済ませると、2人だけなのでここからはスムーズで、ほどなく部屋に入ります。

室内は広くゆとりがあります。バスルームも余裕です。熱いお湯の出も申し分なし。但し、バスタブの仕切りが不十分で、注意してシャワーを使用していても仕切りガラスの下から水が漏れて床が水浸し状態になって、これには閉口しました。このホテルの唯一最大の欠点です。

尤もTVの旅行番組を見ていると、ヴェネツィア本島の5ツ星ホテルでもバスタブのシャワーカーテンは無く(=バスタブがで〜んとあるだけ!)、これはイタリアン・スタイルのホテルはどこも同じなのかもしれません。熱い湯さえ出れば、かえってシャワールームだけのほうが有難いくらいです!)

       

外部や隣室からの音も一切なく静かで、横になると長旅の疲れが出てバッタンキュー・・・。

 

2日目(3月5日・木)                 

ヴェネツィア/1日

 目覚めてカーテンを開けると、青空が広がっています。気分良く身支度を整えてダイニングへ。・・・8時過ぎだったので大勢の人がお皿を持って・・・やはりというか中国人が目立ちます。ブッフェのメニューはハム・チーズ・卵・生野菜・フルーツ・ヨーグルト・・・と一通り揃っています。生野菜があるのは有難い。特にイタリアのトマトは美味しい!持参したドレシッングを振りかけてモリモリといただきます。

  

  食事を終えると、昨夜ガイドさんに教えてもらったホテルの隣の「バール」で「ヴァポレット・チケット」を購入。ヴェネツィア観光にはこのチケットが必須です。ヴァポレット(=水上バス)とバスは同じ会社が運行しているので、共通チケットになっています。チケットは1回券から何種類かありますが、我が家に最適の「36時間」が最近無くなったというので「48時間」を購入。・・・これで丸2日間乗り放題です。

最も諸情報では代金€28のハズが€30に値上げになっています。これに限らずこの後も、様々なチケットが制度変更&値上げになっており(レストラン等の料金も!)、ガイドブックの価格は役に立ちません。やはり日本以外の世界は「インフレ」なんですねぇ・・・。

 ホテルを出て大通りを渡ると、バスストップ。電光掲示ボードには「あと〇分でバスが到着」という表示が出ていて便利です。直ぐに「ローマ広場」行きの2番バスがやってきました.。車内は観光客や通勤客(?)で満員。中程にある機器にチケットをタッチすると「ピッ!」と音がしてチケットのICチップに刻印されます。見ていると、地元の人(?)で「刻印」している人も2,3いましたが、殆どは黙って乗って降りるだけ。

無賃乗車が見つかると高額罰金ということですが、満員ですから社内検札など無く、「タダ乗り」してもお構いなしの状態です。我々も、この日の帰りも翌日も黙って乗って降りるだけ(もちろん切符は持っていますから問題はないのですが)。車内が空いていても検札は無く、誰もフリーパスでした。イタリアはなんともおおらかですね!

て、バスは本土と島を結ぶ橋を渡り、15分ほどで「ローマ広場」へ到着。広場の前が運河で、ヴァポレットの乗り場。

 急行の「2番」で「サンマルコ広場」へ向かいます。(ヴァポレットも最初はチケット刻印器がありましたが、それ以外はフリーパスでした)

      

(ローマ広場)      (運河にはモダンな橋が!)    (橋の上で手を振る人)   (ヴァポレットの乗り場)

 ここで私が大チョンボ。昨夜ガイドさんから「カナル・グランデ=大運河」を通るのは左手の乗り場ですよ」と聞いていたのに、どうも(私の思っているのと)逆方向に走るようなので、慌てて降りて少し待って右手の2番へ乗船。・・・出航すると、これが実は外回り=遠回りの2番でした。当然こちらは空いていて、夫婦は船首のベンチに座ってちょっと冷たい風に当たりながら周りの景色を眺めていました。↓右・・・遠くの山=イタリアアルプスかな?=は雪を頂いています)

      

風は冷たいですが、澄み切った青空で気持ちがいい!私はご機嫌でしたが、妻は「何時まで経ってもリアルト橋なんかが見えてこないわ・・・」と怪訝顔。「正当な2番」はスシ詰め状態でしたが、こちらは“ラクチン・クルーズ”で、かえってよかった!・・・とまぁ思いましょう。

やがて、ヴェネツィアらしい建物群が見え、サンマルコ広場のシンボル=三角屋根の鐘楼が現れました。

    

 S・ザッカリアで下船し、スキアヴォーニ海岸通りをサンマルコ広場方向へ。通り中央の銅像はイタリア統一初代国王のヴィットリオ・エマヌエレ2世。向こうには「ためいき橋」が見えています。

      

今回の私の一番の目的は「ドゥカーレ宮殿」。此処はヴェネツィア共和国時代の総督(=ドージェ)邸兼政庁で8世紀に創建され14〜16世紀にかけて現在の姿に改修されたそうです。・・・因みにヴェネツィア共和国の総督は初代パオロ・ルーチョ・アナフェスト(在697〜717)から120代ルドヴィーコ・マニン(在1789〜1797)までなんと1,100年の長きに渡って存続したのです!・・・。

まだシーズンオフとあって混雑はなく、10人ほどの列に並んで入場。チケットは€17もしますが、65歳以上の「シニアチケット」はなんと€10です。(有難い!) 尚1年ほど前から屋内写真撮影(ノーフラッシュ!)が可能になっているのも、これまた有難い。

  

まずは回廊から中庭へ。向こうにはサンマルコ寺院のクーポラが見えます。

    

 回廊の壁にヴェネツィア版「真実の口」がありました!・・・正しくは「ライオンの口」と呼び、治安機関である十人評議会に対して市民が密告書を投函する受付箱だったらしい。ある意味では本当の「真実の口」とも言いえます。

  

いよいよ宮殿の中へ。まずは「黄金階段」・・・共和国時代は高官や貴族専用の通路で、金箔と化粧漆喰階とフレスコ画に埋め尽くされた天井が豪華です。82代総督ロレンツォ・プリウリ(在1556〜59)の時代に出来たそうな。

    

 「4角の広間」=ロビーの天井にはティントレットの絵(↓左)。絵の中の右下の人物は83代・ジローラモ・プリウリ総督(在1559〜67)で、「黄金階段」を作ったロレンツォの兄。兄弟揃って(弟が先に就任)の総督というのは唯一らしい。

 (尚、以下宮殿や美術館のところで掲載の絵画には公開資料より借用したものがあることをお断りしておきます)

  

 次は「4つの扉の間」。天井から四方の壁まで、金箔の化粧漆喰に縁どられ、数百年の時を経たとは思えないほど鮮やかな色彩の絵画でいっぱいです。

芸術の興隆には懐の深いパトロンの存在が不可欠です。フィレンツェに花開いたルネッサンスは“原理主義者”(或いは狂信者!)サヴォナローラの弾圧とメディチ家の衰退とともに光を失い、やがて芸術の中心は権威と権力と富を兼ね備えたヴァチカン=ローマへ、そして貿易で富を蓄積したヴェネツィアへと移って行きました。

そして、世界一の貿易都市ヴェネツィアには、各地からあらゆる顔料・絵の具が集積し、それを惜しげもなく使用して豪奢な絵画が制作されました。鮮やかな色彩がヴェネツィア派の特色です。15〜16世紀のヴェネツィア派黄金期を代表する画家がティツィアーノ(1488頃〜1576)、ティントレット(1518〜1594)、そしてヴェロネーゼ(1528〜1588)の3人ですが、宮殿内には彼らの作品が多数あります。

  

(ヴェロネーゼの天井画)

 壁にはティツィアーノの「祈りを捧げるグリマーニ総督」があります。

 そして、ヴェネツィア派最後の巨匠と言われるティエポロ(1696〜1770)の「ヴェネツィアに豊かさをもたらすネプチューン」。ダイナミックな描写が彼の特徴です。

 途中には当時の武器・武具を集めた部屋もあります。ガトリング砲のような連射銃があるのに驚きました。ヴェネツィアの繁栄のもとには強大な軍事力の裏付けがあったわけです。

      

 次は 「上院ホール」・・・ここはヴェロネーゼの絵でいっぱいです。

    

(ヴェロネーゼ/レパントの海戦の勝利を感謝するヴェニエル総督)

 (レパントの海戦・・・1571年10月7日ギリシャ・コリント湾のレパント沖で、スペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇の連合軍と、オスマントルコ海軍が戦い、連合軍が勝利した)

 そして圧巻は「大評議員の間」・・・共和国時代の評議員の定数は480人で、総督も評議会も互いの意向を無視して決定を行うことは出来ませんでした。これが「共和国体制」が千年以上も続いた秘訣でしょう。なにしろ480人以上が一堂に会する場ですから、とてつもない大ホールです。

 正面の壁いっぱいに宮殿を代表する絵・・・ティントレットの「天国」があります。彼がダンテの「神曲」から着想を得て、8年の歳月をかけて完成した大作。画中にいったい何人の人物が描かれているというのでしょう!

 

 そして天井のヴェロネーゼの「ヴェネツィアの勝利」も目を惹きつけます。「共和国」の栄光を祝福する壮麗な絵です。

 隣の小室には、ヴェネツィアの紋章=有翼のライオンを描いた絵がありました。

  

 何処にも光と影があります。この宮殿にも域内に「影」の部分=牢獄が併設されていました。

    

 そして宮殿の尋問室と牢獄を結ぶ「ためいき橋」・・・の中はこんな風です。牢獄へ収監される囚人は石格子から外のこんな景色を覗いてため息をついたのでしょう・・・。

  

 これで宮殿内をほぼ見終えて屋外へ。入口と反対側の回廊にはゴンドラが陳列してあります。なんの説明もありませんが、昔の総督の「御座船」なのでしょうか?その壁の向こうの部屋に入ると大理石の柱がズラリと並んでいました。大昔の宮殿の列柱でしょうか?

    

 出口(布告門)を出た外の柱に4人が抱き合ったような、ちょっとユーモラスな感じの像がありました。塩野七生女史の「ローマ人の物語」では、4人のローマ皇帝像として紹介されているそうです。(284年ディオクレティアヌス皇帝は帝国防衛強化のため帝国の4分割統治を決断しました)・・・で、この像は1204年に十字軍がコンスタンティノープルから持ち帰ったものとされているらしい。

  

 

 念願のドゥカーレ宮殿見物を終えると、次は「鐘楼」です。高さ98.6mで、1514年に完成したものの1902年に崩壊し、1912年に元の姿で再建されたそうで、外観は16世紀のままですが、実際は現代の建築なのでエレベーターで上がれます・・・というか、8とちょっと高額ですが、ヴェネツィアを上から眺めようとすれば、その金額を払って上る他はありません。

     

 でも上に上がると、払っただけの価値はありました。ヴェネツィアが360°見回せて、いやぁ絶景、絶景!・・・尤も春まだ浅いとあって、海から冷たい風がビュービューと吹いて結構寒かったです。

    

(遠景)      (この橋を渡ってメストレから来ました)   (遠くの山には雪が・・・) 

    

(宮殿から東側)   (サン・ジョルジョ・マッジョーレ島と教会)  (サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会)

  次は近くを見下ろすと・・・

    

(サンマルコ広場)     (ムーア人の時計台)    (海際の2本の円柱・・・翼のライオンと聖テオドロ)

    

  (ドゥカーレ宮殿)          (サンマルコ寺院)      (見上げると・・・鐘楼の「鐘」)

  鐘楼を降りると、サンマルコ広場へ・・・オフ・シーズンとあって人影は少ないです。

    

(広場)              (サンマルコ寺院)         (ムーア人の時計台)  

  サンマルコ寺院へ近づきます。ファサードの半円形の窪みのフレスコ画が鮮やかです。

    

 寺院は前回のツアー時に入ったので、今回は省略しようと思っていたのですが、すぐに入場出来そうなのでやっぱり中に入ってみました。此処も前回は撮影禁止でしたが、ノーフラッシュなら撮影OKなようです。

周囲も天井も黄金色に輝いて豪華絢爛。床のモザイクも精巧で色鮮やかです。やっぱり中に入って良かったです。

・・・最初の教会は、828年にヴェネツィア商人がアッバース朝・アレキサンドリアから聖マルコの遺骸(の一部)を盗んできたことから、ドゥカーレ宮殿の位置に建てられたが、832年に現在の場所に創建された。現在の建物は1090年にヴィターレ・ファリエル総督が完成させ、その後約900年に亘って幾度も増築と改修が重ねられた結果、今見ているような複雑な構造となっています。

      

    

 1時半をまわり、少しお腹も空いて来ました。昼食は数年前にオープンした教会組織が経営しているという「アッラ・バジリカ」へ。ホームページでは「宮殿を出て橋を渡ってすぐの道を左折」とありましたが、その道は猫の通り抜けみたいな狭い路地で、それを見過ごして次を左折したものだから奥へ入ってウロウロした挙句、やっとこさ見つけることができました。

店内に入ると既に2時近く(=3時閉店)とあって空いていました。サンマルコ広場周辺のレストランはランチでもかなり高額だそうですが、此処のランチは「プリモ+セコンド+付け合せ」のコースで€14と格安とのこと。

    

    

(パン、ハウスワイン) (サーモンとグリーンピースのクリーム・スパゲティ) (ベーコンと野菜のリゾット)

    

(サーモン・ソテー)      (ビーフステーキ)       (山盛りのサラダ)

 オーダーしたのは上の写真のとおり。プリモのパスタとリゾットはまずまずのお味でしたが、セコンドが見た目と違って・・・サーモンはパサパサで、ステーキはゴムを噛んでいるみたい(他の4品は正体不明なので、分かりやすい品をオーダーしたミスかもしれません)。付け合せのサラダは大盛りですが、ドレッシングなんて気の利いたものはありませんからテーブルのオリーブオイルと塩・胡椒を振りかけて・・・。尚、このオリーブオイルは上質で、パンに付けると美味しかったです。〜〜で、結局ちょっとガッカリのコースは本当に€14ポッキリでした。(+ハウスワイン・500cc=€5)

 

 さて次は、対岸の小さな島にある「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」へ。790年頃に創建されベネディクト会に与えられたが、その後地震で崩壊し、現在の建物は1610年に完成したものだという。サンマルコ広場の船着場から見ると、全体が最も美しく見えるように設計されたそうな。

    

 ベネディクト会は529年に創設された最古の修道会ですが、清貧・貞潔・従順を旨としている所以か、堂内は華美な装飾は一切なく静謐な雰囲気が漂っており、クーポラ内部の天井部分も至ってシンプルで、例えばサンマルコ寺院などとは対極にある感じがします。アーチ型にずらりと並んだ聖歌隊の椅子が印象的で、”だまし絵“のような床の立体模様が目を惹きます。

  

    

堂内の両サイドにティントレット後期の傑作・・・「最後の晩餐」と「マナの収拾」があります。大作ですが、かなり上の方に飾ってあり、暗い画調の絵が光の反射でよく見えないのが残念です。「最後の晩餐」はダ・ヴィンチの如くに正面から描かれるのが普通ですが、これは斜め上からの視点で描かれ、しかもイエスを使徒だけでなく大勢の人が取り囲んでおり動きと迫力のある絵になっています。「マナの収拾」とは、マナ(=天から降りてきた食べ物)を人々が拾い集める様子を描いたものだそうです。

  

 他にもこんな絵がありました。真ん中のテーマは「聖母戴冠」でしょうね。どちらも巨大な絵ですが、誰の作品でしょうか?

    

 次は「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会」へ。マッジョーレ島の隣にありますが、直接の航路が無いので、一旦S/ザッカッリアへ戻って船を乗り換えます。

この教会は、ペストの大流行が終結したことを聖母マリアに感謝する市民の要望に応えて政府が1631年に着工し、50年後に完成しました。設計は公募で、当時弱冠26歳のバルダッサーレ・ロンゲーナの作品が選ばれ、巨大なクーポラがヴェネツィアのシンボルの一つとなっています。

    

聖堂内へ入ると、巨大なクーポラの下は八角形で、上部の窓から光がふんだんに入るようになっています。此処も内部装飾はわりあいシンプルな感じです。

    

周りには巨大な絵画があります。↓左はティツィアーノの「キリストの降天」らしいですが、他の4枚は?・・・。

        

 もう一度サンマルコ広場に戻って、ドゥカーレ宮殿と共通チケットになっている「コッレール博物館」へ行こうかとも考えたのですが、妻が「宗教画はもう十分だわ」との意向で、しかも時間も押しているので、明るいうちにリアルト橋近辺を散策しようと、ヴァポレットに乗ってグランカナルをリアルト橋方向へ。朝私のミスで見逃した“大運河遊覧”です。

    

(ゴンドラなどが行き交う運河を通って・・・)

    

(アカデミア橋をくぐって・・・)

    

(やがてリアルト橋に到着)

 リアルト橋は、木製の橋の崩落などがあった後、1561年に現在の石造りの橋が完成しました。設計は一般公募され、ミケランジェロも参加したそうですが、アントニオ・ダ・ポンテという人の案が採用されたそうです。(ポンテ=橋という名前がよかったのかな?・・・)

周辺は古くからヴェネツィアの商業の中心地として賑わい、現在も多くの商店や土産物屋、ホテルなどが軒を連ね、大勢の人で賑わっています。妻も、とあるアクセサリーショップへ入り、店主の「全て私がデザインして作ったものです」という説明を聞いて納得して何やら購入していました。(「本当はもっといろんな店を覗いてみたかったのに・・・」とボヤいていました)

  

(花瓶型の欄干が優雅です)

    

(橋の階段の両側から下へ商店街が続きます) (小腹が空いたので、スイーツの店で「カンノーロ」をパクリ!)

 「通」に言わせれば、ヴェネツィアの楽しさは運河が縫う迷路のような路地をそぞろ歩きすることにある・・・そうですが、私たちは(迷子にならぬようにと!)ヴァポレットで渡り歩きしてきたので、ここらでちょっと散策を!・・・。

    

 で、↑のサンティ・アポストリ教会を見つけたので、イタリア情報サイト「アーモ・イタリア」でヴェネツィアで一番オススメのトラットリアと紹介されている「アイ・プロメッシ・スポージー」を探してみます。 教会の近くということですが、細い路地の奥にあるため探し出すのに苦労しました。7時開店なので、この時間(5時半すぎ)だと、店内は真っ暗で誰もいない様子。

(通りの左がスポージー)

 じゃあ、場所も分かったことだし、明日来ようと決めて、その近辺を歩いていると、ジェラートの店があったので入ってみました。2種類をコーンカップに山盛り載せて2.5。(これはフィレンツェでもローマでも同じ値段でした)  偶々入ったこの店のジェラートはとても美味しかったです。近くのベンチに座って舐めていると、横丁の先に見える夕景色がなかなか印象的でした。

    

  歩き疲れたので、カ・ドーロからヴァポレットに乗って出発点のローマ広場へ。帰りの船は結構混んでいました。

 夕闇のローマ広場で帰りの2番バスに乗り、無事ホテルへ帰って来ました。フロントで明日の夜のレストラン「スポージー」を予約してもらいました。

さて、このホテルには評判のいい「ソウル・キッチン」というレストランがあるのですが、あまり食欲がありません。実は昨日の機中から「NATURECALL」がないのです!

 で、軽めにしようと、近くのスーパーに行ってみます。(現地のスーパー廻りは夫婦の楽しみのひとつ!)・・・ホテルからピアーヴェ通りに入って徒歩5分くらいのところにスーパーがありました。惣菜コーナーで、生ハム、シーフードマリネ、そして大きなシフォンケーキのようなリコッタチーズを少しカットしてもらいました。勿論ワインとビールも購入。(これで€15弱ですから、イタリアのスーパーの食品は本当に格安です)

 帰還してシャワーを浴びてサッパリとしてから、簡単な夕食です。フレッシュなリコッタチーズはやさしいコクとほのかな甘味が絶妙です。イカ・タコ・海老・アサリのむき身などが入ったマリネも素材の味が生きていて、満足の味です。

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