ジャック・ニコルソン(JACK NICHOLSON) 本名JOHN
JOSEPH NICHOLSON
1937年 アメリカ、ニュージャージー生まれ
デ・ニーロと並んで、今やハリウッドを代表する名優である。しかしどう見ても「悪相」である。つりあがった眉、鮫のような邪悪な眼(まな)差し、禿げ上がった額・・・言わば「肉食人種」特有の猛々しい容貌である(草食人種の小生としてはどうしても好きになれない!)が、まさに肉食人種の世界ならではの成功であり、草食人種の世界なら、「名優」からは程遠い、ちょっと「個性的」な悪役で終わっていたことであろう。
しかし彼自身、自己のルックスは充分承知で、名声確立のあとでも、その悪相を生かした悪役、はたまたトンデモ役までも堂々と、時に楽しんで演じているからやっぱりスゴイのだ! そしてその代表例が、
・89年「バットマン=Batman」(監督・ティム・バートン、出演・マイケル・キートン、ジャック、キム・ベイジンー、ジャック・パランス) のジョーカー役。・・・あまりの憎々しさと存在感の大きさに、元祖悪役、ジャック・パランスはおろか、主役のバットマンも霞んでしまう程で、ジャックは余裕を持ってこの役を楽しんでいる。又彼はこの出演で、作品の成功報酬歩合も含め、トータルで60百万ドルも稼いでしまったというから驚きだ。
・87年「イーストウイックの魔女たち=The
Witches of Eastwick」(監督・ジョージ・ミラー)では、シェール、ミシェル・ファイファー、スーザン・サランドンという練達の女優達を手玉にとって、初めはダンディでカッコよく、途中から中年男のいやらしさをこれでもかと赤裸々に見せつけ(見ている側のオジさん族も自己嫌悪に陥る程だ!)、最後にその正体が「悪魔」とばれて、彼女達から凄まじい反撃を受けてメタメタになる。その遠慮会釈ない描写を堂々と演じて、「まぁ、あの名優がよくもこんな格好を!」と、見ているほうがビックリするくらいである。
・92年「ア・フュー・グッドメン=A
Few Goodmen」(監督・ロブ・ライナー、出演・トム・クルーズ、デミ・ムーア、ジャック、ケヴィン・ベーコン、キーファー・サザランド) では、偏狭な愛国主義&軍至上主義の確信犯的将軍を演じ、正義派トム・クルーズ弁護役と渡り合う軍法会議に迫真のドラマ性を惹起させている。(現実の軍法会議もこのようだと、米国原潜に沈没させられた愛媛丸の犠牲者も浮かばれるのだが・・・)
・96年「マーズ・アタック!=Mars
Attack!」(監督・ティム・バートン、出演・ジャック、グレン・クローズ、ロッド・スタイガー他、オールスターキャスト)のトンマな大統領(ちょっとニクソンをパロッている感じがする!)も又然りで、このあたりの「怪演」振りは、「怪演」の本家デニス・ホッパーにも引けを取らないといえよう。
・94年「ウルフ=Wolf」(監督・マイク・ニコルズ、出演・ジャック、ダニー・デヴィート、アーマンド・アサンテ、ミシェル・ファイファー)も、出版社勤務のウイル(=ジャック)が狼男に変身を繰り返して次第に凶暴化していく様を大真面目に演じているが、これもどちらかといえばトンデモ役であろう。
さらに悪役というと、
・76年「ミズーリブレイク=The
Missouri Breaks」(監督・アーサー・ペン、出演・マーロン・ブランド、ジャックキャスリーン・ロイド、ランディ・クエイド)では、大牧場主に雇われたサディスチックな凄腕ガンマン、クラントン(=ブランド)と対決して、その牧場を狙う馬泥棒の頭目役で、これはどっちもどっちのワルの対決だ。
・92年「ホッファ=Hoffa」(監督・ダニー・デヴィート、出演・ジャック、ダニー・デヴィート、アーマンド・アサテ、J・T・ウオルシュ)・・・全米トラック運転手組合を組織し、会長にのし上がって権力を欲しい侭にしてケネディ兄弟をも震撼させ、75/7突如謎の失踪をしたままとなったホッファの実像に迫った、いわば骨の髄まで映画人!と言った感じのダニー・デヴィート渾身の野心作。怪物ホッファ役にジャックはまさにうってつけで、彼のが本来持つところの悪役性が、格調をもって堂々と生かされた傑作といえよう。
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父親に捨てられ、祖母を母、母を姉と思い込んでいたという母子家庭にあって、苦労して育ったであろうジャックは、58年=21才のとき、「The
Cry Baby Killer」(監督・ジャス・アディス、主演・ハリー・ローター)の非行少年、ジミー・ウォーレス役で銀幕デビューし、60年に三本、「Too
Soon to Love」(監督・リチャード・ラッシュ、主演・ゲーリー・キャンベル)、「Studs
Lonigun」(監督・アービング・ラーナー、主演・クリストファー・ナイト)、「The
Wild Ride」(監督・ハーヴェイ・バーマン、主演・ロバート・ビーン)といったC級作品に脇役で名を連ねたものの、まずは無名に近い存在であった。ところが、
・60年「The
Little Shop of Horrors」(製作&監督・ロジャー・コーマン、主演・ジョナサン・ヘイズ)で、小役ながら、歯を抜かれることに異常な快感を覚えるというマゾっぽい、歯科の患者役を好演して、面白い役者として玄人筋から注目されるようになる。
コーマンはいわずと知れた「B級映画の王様」。製作者兼監督としてホラー物を得意とするが、他にもコメディ、活劇、SFとなんでもござれ。低予算&早撮りでジャンジャン作ってしまうことで有名で、プロデューサー(そしてその大半は兼監督)として、これまでになんと300本もの作品を手掛けている。
ジャックの後年の「名優」への扉は、こんなコーマンによって開かれたといっても過言ではなく、この後、63年「忍者と悪女=The
Raven」(製作&監督・コーマン、出演・ヴィンセント・プライス、ボリス・カーロフ、ピーター・ローレ、デブラ・バジェット・・・エドガー・アラン・ポーの「大鴉」をベースにした魔術師と妖術師の妖術合戦を描いたホラーコメディ。(なんとも奇妙な邦題だが、次作と併せ、キワモノ好きのあの故・大蔵 貢がオーナーの「大蔵映画」が輸入元と分かると、成る程と納得がいく。)
・63年「古城の亡霊=The
Terror」(製作&監督・コーマン、出演・ジャック、ボリス・カーロフ、サンドラ・ナイト)・・・では、怪奇俳優の大物カーロフ(=レッペ男爵役)を向こうに回して、謎の美女エレンを追うナポレオン軍の将校役で、初の主役を務めている。(これが実は、カーロフとの契約日数が余ったというので、残りの僅か3日で完成させたという “早撮りコーマン”の名前に相応しい伝説的?作品なのだ)
さらに、67年「白昼の幻想=The Trip」(=デニス・ホッパーの項で掲出)では、製作&監督・コーマンに対してジャックはなんと脚本を手掛けている! そしてこれでホッパー&フォンダとの縁が出来て、69年「イージーライダー」(=ホッパーの項で掲出)の弁護士役へと繋がり、この作品でNY批評家協会・助演男優賞を受賞(アカデミーでは助演男優賞候補)し、演技派としての評価を確立。そしてこの後はもう一瀉千里、アカデミー男優賞(主演&助演)にノミネートされること実に11回を数え、その内、2度の主演賞と1度の助演賞に輝くのである。
その華麗なる実績をたどってみると・・・、
・70年「ファイブ・イージー・ピーセス=Five
easy pieces」(監督・ボブ・ラフェルソン、出演・ジャック、カレン・ブラック)・・・裕福な家庭に育ち(ながら)生きる価値を見出せない、青年ボビー(=ジャック)と、下層階級育ちの恋人レイ(=カレン)の苦悩を描く。ジャックは自分勝手で破滅型の青年を好演して、早くも主演男優賞にノミネートされた。
・71年「愛の狩人=Carnal Knowledge」(監督・マイク・ニコルズ、出演・ジャック、キャンディス・バーゲン、アーサー・ガーファンクル、アン・マーグレット)・・・カレッジの寮メイト、真面目なジョナサン(=ジャック)と軟派のサンディ(=アーサー)の女性遍歴を、青春派の巨匠・ニコルズが描いた作品。
・74年「チャイナタウン=Chinatown」(監督・ロマン・ポランスキー、出演・ジャック、フェイ・ダナウェイ、ジョン・ヒューストン、)・・・夫の浮気調査を依頼された私立探偵ジェイク(=ジャック)がダム建設疑惑を巡る陰謀に巻き込まれて・・・‘37年のロス=チャイナタウンを舞台に才人ポランスキーの演出が冴えるミステリーサスペンスで、ジャックは(フェイ共々)、又々主演賞の候補となる。(しかし、オスカーを受賞したのは脚本部門のロバート・タウンであった)
・74年「さすらいの二人=il
Reporter Professione :Reporter」(製作・カルロ・ポンティ、監督・ミケランジェロ・アントニオーニ、出演・ジャック、マリア・シュナイダー)・・・砂漠で見つけた死体の人物になりすましたリポーターと若い女性の恋のロードムービー・・・この当時、大製作者ポンティと巨匠アントニオーニもジャックに注目したんだ!ということが分かる。
・75年「カッコーの巣の上で=One
Flew over the Cukoo’s Nest」(監督・ミロシュ・フォアマン、出演・ジャック、ルイーズ・フレッチャー、ウイリアム・レッドフィールド、ブラッド・ドゥーリフ、それにダニー・デヴィートとクリストファー・ロイドも脇役で出ている)・・・精神病院を舞台に、体制に抗う狂気を装った患者と、管理至上主義の婦長の対立を通じ、人間の尊厳をかけた闘いを笑いと涙の中に描く。傑作との評価も高く、ジャックはアカデミー主演候補に上ること4度目にして漸く受賞したほか、婦長役のルイーズも主演女優賞、その他に作品・監督・脚色賞もかっさらった文字通り75年のベストワン。
・75年「おかしなレディ・キラー=the
Fortune」(監督・マイク・ニコルズ、出演・ウオーレン・ビーティ、ジャック、ストッカード・チャニング)・・・当時セックス・シンボル筆頭のビーテイと油の乗りきったジャックの共演が話題をよんだラブ・コメディながら、真面目派・ニコルズの笑いの切れ味はイマイチかも。
・78年「Goin’
South」(監督&主演・ジャック、共演・メアリー・スティーンバージェン、クリストファー・ロイド)・・・ジャックが監督としてウエスタン・コメディに挑戦し、その才能の豊かさを示した。
なお楽屋落ち的な余談ではあるが、出演者のロイドとメアリーを見てオオッ!とひらめくのはかなりの事情通である。90年の「バック・トゥー・ザ・フューチャーV」で西部へ時空移動した“博士”=ロイドが恋に落ち、そしてハッピーエンドとなるヒロインの役を演じたのがメアリー。自らが“映画オタクナンバー・ワン”であるスピルバーグ監督は、このジャックの映画をちゃんと踏まえた上で、こうしたキャスティングをしたに違いない!・・・
・80年「シャイニング=the Shining」(監督・スタンリー・キューブリック、出演・ジャック、シェリー・デュヴァル)・・・ホラー小説の第一人者スティーヴン・キングの作品をキューブリックが換骨奪胎して独自のホラーの世界を創作。巨匠のみに許される勝手な振る舞い(!)で賛否両論が喧(かまびす)しいが、“否”のほうが多いかも。尤もそれを救うのが、ジャックの怪演ぶりで、名優にして怪優!の面目躍如といえよう。
・81年「レッズ=Reds」(製作&監督&脚本&主演・ウオーレン・ビーティ、共演・ダイアン・キートン、ジャック、エドワード・ハーマン、モーリス・スティプルトン)・・、恋と映画に猛烈なエネルギーを発露する他に、意外にも政治志向が強く、リベラル派として鳴らしたビーティが、ロシア革命に立ち会った記者・ジョン・リードの激動の生涯を熱く描いて監督賞を受賞。再度共演したジャックはリードの友人であった劇作家ユージン・オニール役を好演し、助演賞候補にノミネートされた。
・81年「郵便配達は二度ベルを鳴らす=the Postman always rings Twice」(監督・ボブ・ラフェルソン、出演・ジャック、ジェシカ・ラング、ジョン・コリコス、アンジェリカ・ヒューストン)・・・ソフトコアポルノとの話題性のみが先行した作品ながら、ジャック、ジェシカ、コリコス揃って見事な演技力を発揮した。
・81年「ボーダー=the Border」(監督・トニー・リチャードソン、出演・ジャック、ハーヴェイ・カイテル、ヴァレリー・ペリン、ウオーレン・オーツ)・・・メキシコからの密入国者と国境警備隊の間の腐敗を中心に据えて社会派・リチャードソンがアメリカ社会の病根に迫ろうとした作品。
・83年「愛と追憶の日々=Terms of Enderment xxx」(製作&監督&脚本・ジェームズ・L・ブルックス、出演・シャーリー・マクレーン、デブラ・ウインガー、ジャック、ジョン・リスゴー、ジェフ・ダニエルズ)・・・若くして寡婦となったが、前向きに生きる母(=シャーリー)と、一人娘(=デブラ)の30年に亘る人生をさらりと描きながら深い感動を呼び、アカデミーはじめ、この年の主要な賞を総嘗めにした秀作。シャーリーが持ち味の、ちょいととぼけた魅力を存分に発揮して5度目のノミネートで初の主演賞を獲得し、ジャックも助演賞に輝いた。
・85年「女と男の名誉=Prizzi’s Honor」(監督・ジョン・ヒューストン、出演・ジャック、キャスリーン・ターナー、アンジェリカ・ヒューストン)・・・恋に落ちた殺し屋二人が、互いの殺人依頼を受けたところからドラマが展開するサスペンス。
・86年「心乱れて=Hertburn」(製作&監督・マイク・ニコルズ、出演・メリル・ストリープ、ジャック)料理評論家とコラムニスト夫婦の結婚から離婚までを、ニコルズの演出で名優二人が見事な演技を見せる。
・87年「黄昏に燃えて=Ironweed」(監督・ヘクトール・バベンコ、出演・ジャック、メリル・ストリープ、トム・ウェイツ、キャロル・ベイカー)・・・再び共演の二人にウェイツを加え、人生の敗残者の哀感を三者三様に演じ切った社会派ドラマ。
・90年「黄昏のチャイナタウン=the Two Jakes」(監督&主演・ジャック、共演・ハーヴェイ・カイテル、メグ・ティリー、マデリーン・ストー、イーライ・ウオーラック)・・・今度は自らメガフォンを取った、実に16年振りのチャイナタウンの続編。私立探偵ギテス(前作はジェイクだったが・・・)が一見単純そうに見えた事件の裏に潜む謎を追う〜といったストーリー。
・95年「クロッシング・ガード=the Crossing guard」(製作&監督・ショーン・ペン、出演・ジャック、デヴィッド・モース、ロビン・ライト、アンジェリカ・ヒューストン)・・・幼い愛娘を交通事故で失った男(=ジャック)が犯人(=モース)への復讐のみを考えた人生を送るが〜〜といた深刻なテーマを、ハリウッドで俳優として特異な存在感を示すS・ペンが格調高い人間ドラマに仕上げた秀作。
・97年「恋愛小説家=As good as it gets」(製作&監督・ジェームズ・L・ブルックス、出演・ジャック、ヘレン・ハント、キューバ・グッティング・ジュニア、グレッグ・ギニア)・・・売れっ子恋愛小説家ながら、その実像は神経質で悪態好きの嫌われ者という主人公がウェイトレス(=ヘレン)に初めて恋をして〜といったストーリーで、ジャックは意地悪と不器用さが交差する作家像を本領発揮ともいえる“怪演”に近い名演技で見事に表現し、これに互角に渡りあったヘレンと共にアカデミー主演賞に輝いた。
・・・これがジャック二度目の主演男優賞であったわけであるが、しかしこれを最後にもう4年以上もスクリーンから遠ざかっている。名優の身辺にいったい何が起こったのか?
まだ60才台半ばであり、老け込むには早すぎる。再び元気な姿で名演技を見せてくれることを多くのファンが待ち望んでいることであろうに・・・。