スティーヴン・ハンター

今(=世紀末から21世紀初頭にかけて)最も輝いている=油の乗った作家といえば、スティーヴン・ハンター。銃火器の知識と拘りにおいて彼の右に出るものはないといえるし(この点に関しては、さしものクランシーも一目置くであろう)、又主人公が肉体的・精神的にギリギリの状況まで追い込められてそこから不屈の逆転を果たすまでの鮮やかな表現力は他の追随を許さない。

 長尺のストーリーに巧妙な仕掛けがあって、終盤アッと驚くどんでん返しがあるが、構成が精緻なので破綻がなく、読者としては文句のつけようがない。文字通り手に汗握らせるストーリーテリングの上手さは抜群である。ボルチモア・サン紙〜ワシントン・ポスト紙の映画コラムニスト主幹だけあって、映画的な構成・描写が実に巧みであるし、銀幕舞台裏的な挿話もあって映画好きはニヤリとさせられこともある。

さて、私のハンターは「極大射程」(99年・新潮)に始まる。ハンター=「極大射程」というのは世間一般の認識もそうであろうが、尤も私の場合本作品を手にとったのは新潮文庫で出てからかなり経過してからである。“スナイパーもの”という帯解説にあまり気乗りがしなかった(=単なるスナイパーではマニアックなだけで、物語の世界が小さい!)せいであるが、一旦読み始めたら面白くてもう止められない!エンタメ小説傑作選の中でもイチ押しの大傑作である。

・・・隠遁生活を送るヴェトナム帰りのスワガーが大統領暗殺の罠に陥り、その絶望的な状況から如何にして脱出し、敵を倒すか?・・・波乱万丈のストーリー展開の中に主人公の知恵と勇気と不屈の闘争心が鮮やかに描きこまれて、新たな不死身のヒーロー、ボブ・リー・スワガーが誕生したのである。

 (面白いことに同時期=98年にジェイムズ・セイヤーズ「地上50m/mの迎撃」という作品が出た。スワガーと同じくヴェトナム帰りのトラウマを持ち、今は検事補をしている主人公に対して、彼の地での敗北への復讐を狙うソ連の凄腕スナイパーが乗り込んできて壮絶な一騎打ちが始まる。超人スナイパー同士の対決の凄まじさは壮絶を通り越してもう荒唐無稽に近いものであるが、ここまで徹底するとむしろ爽快な読後感がある。主人公の経歴・性格設定等類似のところがあるのがチョッと引っ掛かる・・・ヴェトナム・トラウマを基本要素にすれば、どの作家も同じようなストーリー発想になるということか?)

 〜ということで、私は(同様に世間一般も)、此処で初めてハンターなる作家に注目をしたわけであるが、改めて彼の作品をチェックしてみると、処女作(魔弾)はなんと20年近くも前のことであり、しかもその後日本での出版社&出版順がバラバラになっているのが分かったのである。

  第2作(クルド〜)は82年に発表されたが、日本での出版は第4作「真夜中〜」の後の91年のことであり、又、スワガー・シリーズは「極大〜」と相前後して扶桑社ミステリーの看板作品へと移っている。これは、海外翻訳物に目利きの優れた新潮社やハヤカワでも、その時点で、将来ハンターがこんな凄いストーリーテラーに化けようとは想像つかなかったということの証左であろう。

 で、スワガー以前の作品であるが、

「魔弾」(80年・新潮)

大戦終盤、ナチス親衛隊が極秘裏に超高性能の暗視装置付ライフルを開発中であることを偶然キャッチした米軍リッツ大尉等は、要人が標的?と必死の阻止作戦に出る。・・・確かに銃火器への拘りやロシア戦線におけるスナイパー・レップの描写に後のハンター作品を彷彿とさせるものはある。しかし全編を通してトーンが暗く、又、語りの視点がテスト標的にされるユダヤ人捕虜シュルム、ナチのマスタースナイパー・レップ、そして連合軍リッツ大尉とくるくる変わってフォーカスが定まらない。そしてナチスが大変な苦労をはらって開発した新型ライフルの「標的」も期待外れで、ラストへ向かって一向に盛り上がらない。

「クルドの暗殺者」(91年・新潮)

著者自身「作品を出すのが10年早すぎた」と述懐しているそうであるが、現在、第二次イラク戦争で改めてクルド問題の複雑さがホットな話題となっているが、82年当時(米国での初版)においてクルドに着目したのは、慧眼と評価すべきであろう。

又文中、ゲリラ達の愛国心に火をつけては途中で“大義の為”と称して彼等を見捨てるアメリカの身勝手なやり方に鋭い批判の目を向けている(この時点で!)ところも評価できる。引き続き銃火器の知識と、主人公元CIA工作員チャーディの“カウボーイ”振りや窮地の表現の凄まじさはハンターならではの拘りで、特にチャーディはボブ・リーの原型を見るようだ。  

 しかしながら肝心のストーリーは裏切られたクルド人の復讐劇かと思っていると、意外な方向へ展開していくので、いわば入り口と出口が全く違い、読み終わってなにやらはぐらかされた感じがする。鮮やかなどんでん返しはその後もハンターの特徴の一つであるが、ここでは上手く生かされているとはいえない。せっかくいいテーマに着目しながら、ホームランか?と思ったら、大ファール!といった感じである。

「さらば、カタロニア戦線(86年・ハヤカワ)

スペイン内戦時におけるカタロニア地方の混沌とした状況はよく描きこまれているが、肝心の主人公が弱いので、ズルズルと話が進んで、結局この作品で何を語りたかったのか良く分からない。どの登場人物(男はほとんどがホモ!)にも感情移入出来ないのもよろしくない。

 〜〜といった按配で、要するに3作品とも失敗作。当時の各出版社はむしろ目利きがあったというべきなのだ。ところが次の4作目から俄然状況が変わってくる!

「真夜中のデッド・リミット」(89年・新潮)

テロリスト集団がメリーランド州山中の核ミサイル基地を占拠。彼等がミサイル発射の鍵を手に入れ、ソ連に向けて発射するまでにあと僅か18時間。ブラー大佐率いるデルタフォースを中心に、州兵まで総動員した決死の奪回作戦が始まる。スピーディでダイナミックな展開でラストまで一気に読ませる。その過程で、決して超人ではない登場人物のキャラクターがしっかりと描きこまれ、又前半の伏線があとで巧妙に活かされており、ストーリー作りは前3篇と比べて格段に向上。一級のエンタテインメントに仕上がっている。

「ダーティホワイトボーイズ」(97年・扶桑社)

スワガー・シリーズのサイドストーリーであるが、スワガー親子のシリーズにとって重要な意味合いを持つ一編といえる。

「ブラックライト」(98年・扶桑社)

「ダーティ〜」の主人公・ラマー・パイによる親父アール・スワガー射殺の裏に隠された秘密を追ってスワーガー家の大河物語が始まる。ここから後の作品はもう何もいうことはない。出版されるや手にとって、時の経つのを忘れてただもう“ハンター・ワールド”に浸るだけである。

「狩りのとき」(99年・扶桑社)

ヴェトナム・トラウマを引きずるボブが絶対の危機に立ち向かいその双方に打ち勝つまでの物語。壮絶なボブ・リー・スワガー・ストーリーがようやくここに完結。

ヴェトナムの地獄を描いた作品は数多くあるが、ここにおけるスワガーの闘いほど凄まじいものはないのではないか!こういう極限の世界の提示はハンターに適う者はいない。

「悪徳の都」(01年・扶桑社)

ボブの父アール・スワガーは第二次大戦の英雄。少年期に父から受けたトラウマと、“イオージマの地獄”のそれとのダブル・トラウマに苦悩しながら、妻の深い愛情に支えられ、正義と大義の為に雄雄しく立ち向かう。冴え渡るアクションシーンの連続の合間に、戦後直ぐのアメリカ国内はこんな感じであったのか!とその雰囲気がじつによく描きこまれて物語に深みを与えている。(冒頭における当時のハリウッドスター達の行状描写は、ハンターの前身(映画コラムニスト)ならではのものであり、映画好きには堪えられない・・・という副産物もある)

「最も危険な場所」(02年・扶桑社)

アール・スワガーの大活躍。前作の“トラウマ”が無いだけに、ダイナミック・エンタテインメントの本流を突き進む作品となっている。大いなる悪に敢然と立ち向かう過程で、アールにとって、師であり、友であり、“父”でもある判事〜弁護士サム・ヴィンセントの「法による正義」と、アールの「力による正義」の対比が鮮明に描き出される。この対比はハンターの作品全ての根底に流れるものであろう。

 あまりの面白さに酔いしれる一方で、こんな“スーパーマン”=真の“カウボーイ”たるアールがなんであんなチンピラのラマー・パイが放った一発の銃弾で倒れてしまったのか?と疑念が湧いてきてやまない・・・う〜む、待てよ、「それが銃の怖さなのだ!」とハンターは言いたいのかもしれない?

「ハバナの男たち」04年・扶桑社)・・・原題は「HAVANA」だから、グレアム・グリーンの「ハバナの男」をもじった邦訳である。

 〜〜ヒットラー、スターリン、ルーズベルト、チャーチル、蒋介石、毛沢東、ネール、チトー、ド・ゴール、ナセル、スカルノ、エンクルマ、ケネディ、フルシチョフ・・・悪しくも善くも、20世紀の歴史を作った男達は全てこの世を去った。歴史になった人物で唯ひとり生き残ったのが、フィデル・カストロ!アメリカのお膝元の、あの天真爛漫なキューバに共産革命を起こしただけでもビックリなのに、40年を超えるアメリカの経済制裁にも屈することなく、今も権力を握り続けているのはまさに驚異である。

 ・・・アール・スワガーの第3作は、その革命前夜のまさに悪徳の都ハバナを舞台に展開される。(=米国の欲望と思惑と陰謀が渦巻く、バチスタ政権下のキューバがどんな有様であったか・・・作者の綿密な取材と卓越した描写によって、読者はまるで40数年前の彼の地にタイムスリップしたかのような感じに捉われるのである。)

 虚構と歴史的事実が巧妙に交錯するよく練った筋立て、ダイナミックなストーリー展開、切れ味のいい語り口は、ハンターが傑出したエンタメストーリー・テラーの域に達したことを示している。

 本作品で一番魅力的なのは、ロシアの老練な秘密工作員スペスネフと、過去にも登場した狡猾なCIA工作員フレンチー・ショートで、まさに脇役が魅力的だとストーリーは面白くなる。 ヒーロー=アールのキャラクターは前作までに語りつくされており、ここではこれだけの傑出した男が、何故アーカンソー州警の保安官として埋もれなければならなかったかの疑問に答えを提示したともいえる。

 ひとつ疑問があるとすれば、何故アールが、卑劣であることを百も承知のエサリッジ下院議員の護衛としてハバナへくっついていったか?その動機が薄弱である。もちろん行かなければこの物語は始まらないからそれは許すとしても、終盤において、残せば虐殺されることは明白なのに、自分を匿ってくれた恩人の娼婦エスメラルダを何故置き去りにしたか? ストーリー構成上は、ラストですさまじい報復のバイオレンスシーンを描写するための伏線ではあるが、危険予知に関して神業的能力を発揮するスワガーであるだけに、これではとんでもない失態であり、納得し難い。ハンターほどの作者ならば少し違った展開に出来たのではないか!

 革命前夜の青年カストロを、弁舌に才能を示しつつも、その実、夢想的・刹那的で、根性の座らない好色漢として、生き生きと描いているところが秀逸である。(おそらくそんな本質があるから、ポキリと折れないで今日まで権力を掌握し続けることが出来たのであろう)

 又大多数のアメリカ人が愛する文豪ヘミングウエイを鼻持ちならない女たらしとして描いているところはニヤリとさせられるが、彼のファンなら断じて許せないであろう。

 ともあれ、アールとボブ・リーのスワガーシリ−ズはまだまだ続くようなので、ハンターファンとしては今後が楽しみである。

「47人目の男」  上/下    公手 成幸 訳  扶桑社ミステリー

“スワガー・サーガ”の最新作。ボブ・リーの父アールは硫黄島の英雄であるが、生前彼は硫黄島で起きたことを語ろうとはしなかった。本作品でその理由が明らかにされる。

〜〜自身の終の棲家とすべく荒地を開墾するボブ・リーの許を訪れたのは、アールが殲滅した硫黄島日本軍塹壕部隊の隊長の遺児で退役自衛隊幹部のフィリップ・矢野。彼の達ての頼みを聞いたボブは形見の軍刀を探し出し、日本の矢野宅を訪れ一家に歓待されるが、時を置かずして矢野一家はヤクザに斬殺され刀は奪われる。これを知ったボブは復讐を誓い、再度来日して剣を学び、暗殺者たちとその黒幕を追い詰める・・・。

 作者ハンターは、その圧倒的な銃火器に関する知識で定評があるが、今回は「刀」に関しての驚くべき知識が披瀝され、幻の「妖刀」がストーリー展開の軸となっている。

 随所に作者の刀ならぬ筆力の切れ味がキラリと光る処はあるが、また一方で随所にツッコミドコロ満載で、「快作」というよりも「怪作」、否、殆ど「トンデモ作品」に近い出来栄えである。

 荒唐無稽なストーリーを面白くするには、迫真的なディーテイルの書き込みが必須であるが、作者は日本の実地調査を行っておらず、極く短期の滞在経験と数多くのサムライ映画の鑑賞によって本作品を構成したようである。従って状況設定が無茶苦茶に近く、これでは迫真のアクション&バイオレンスも上滑りしてしまう。

 ツッコミドコロといえば、例えば・・・ポルノ映画による国粋主義とは笑わせるし、ポルノ映画王が日本社会に絶大な影響力を及ぼし大勲位菊花大綬章を受けることなどありえない。(その昔、永田雅一という活動屋が政界フィクサーを演じたことはあるが・・・)、もっと単純な箇所は・・・日系2世という設定ならともかく、純粋日本人の名前がなんで「フィリップ・矢野」なのか?!・・・等々。

 訳者は「ボブ・リーも60歳を超えて、これが彼の最後の闘いとなった・・・」と述べているが、これまでが傑作ぞろいであっただけに、半世紀を越える壮大なサーガの終章がこれではなんとも悲しい・・・!ハンターさん、愛娘をからませてもう一作品書いてくれませんか? 是非よろしくお願いします。  

「黄昏の狙撃手」 上/下  (09年) 公手 成幸 訳  扶桑社ミステリー

  前作「47人目の男」で、「・・・これが彼の最後の闘いとなった・・・」という訳者の解説に対し、こんな作品でスワガーシリーズを終わって欲しくない!という私の思いが通じたか(!?)シリーズの新作が出ました。(「NIGHT OF THUNDER」 という原題に対してこの“意訳”はちょっと情緒的に過ぎますが、まあそれは置いといて・・・)

 〜〜新聞記者となったボブ・リーの愛娘ニッキは地元での覚せい剤汚染を取材の帰り道、何者かのカーアタックを受けて九死に一生の目にあいます。昏睡状態との知らせを受けたボブは本能の“危険予知能力”で背後の陰謀を嗅ぎ取り、果敢に挑んでいきます。疑惑の地では、折りしも、全米最大のカーレースが開催されようとしており、悪漢一味の真の狙いは何なのか?従来とは違ったミステリー要素をふんだんに盛り込み、まさにドラマチックなストーリーが展開されます。

 その過程で、例によっての銃火器に加え、前回の「刀」に代わって今回は「カー」に関する該博な知識が披露され、又、舞台はアメリカですから、前回のような“トンデモ”な設定や展開は無く(もっともアメリカ人が読んだらどう感じるか定かではないですが・・・)破綻の無い精緻な“ハンターワールド”の構築といえましょう。

 前回の「近藤 勇」との死闘で負った深手の後遺症は相当なものがあるようで、不死身のスワガーにも忍び寄る“黄昏”は否めないようですが、敏腕記者に成長しつつあるニッキとの親娘コンビでまだまだ活躍を続けてほしいものです。  

蘇るスナイパー」 /下 (10年)  公手 成幸 訳  

 アカデミー賞女優にして大富豪の妻、元反戦活動家夫婦、そして政府批判が売り物のコメディアンを狙った連続狙撃殺人事件が発生し、捜査線上に浮かび上がったベトナム戦争の最優秀狙撃手が自殺と推測される状態で発見され、事件は一件落着と見做される。しかしFBI主任捜査官ニック・メンフィスはあまりの整合性に納得せず、親友のボブ・リー・スワガーに捜査協力を求める。ボブはスナイパーとしての類稀なる天分により敢然と真相解明に乗り出すが・・・。

 銃火器を語って随一のハンターがその真髄を存分に発揮し、スナイパーの世界を鮮やかに描き出した会心の作品。老い行くだけかと思われたスワガーが鮮やかに蘇ったといえる。

 もっとも、スワガーがあっさりと敵の手に落ち、敵のリーダーが長々と真相を喋るくだりは感心しない。彼も一流のスナイパーならこんなにおしゃべりではない筈で、真相解明はスワガーとメンフィスに任せる筋立てにすればよかったのに!  

「デッド・ゼロ」 / 下 (11年) 公手成幸  扶桑社

海兵隊随一のスナイパー、レイ・クルーズがアフガニスタンの軍閥司令官ザルジの暗殺密命を帯びて派遣されるが、謎の勢力によって妨害され、姿を消す。やがて米政府はザルジを再評価し、国賓として招待するが、クルーズらしき人物が後を追ったとの情報で、FBIとCIAは協力して国賓保護=暗殺阻止に乗り出す。FBI特別捜査官ニック・メンフィスはスナイパーの行動原理を最もよく知る男としてスワガーに協力を要請〜〜

 レイ、スワガー、そして謎の勢力が絡んで凄まじい闘いが続く、まさにハンターワールド。最後にどんでん返しがあるのだが、狂信的な(というか、これはもう“狂”そのものというほかはない)男が権力の中枢にいるというのは、リアリティがなさ過ぎてちょっと興ざめ。

 「ダイハード」のマクレイン(=ブルース・ウイリス)のように本職が刑事なら、いくらでも大事件に飛び込んでいけるが、田舎の牧場暮らしのスワガーがどう大事件に絡むか?という状況設定の難題は、前作からFBIの実力者になったメンフィスの協力要請を受けて乗り出すということで解決。これなら次々とFBIが絡む大事件にスワガーが対峙出来る!

 ところが本作の最後に驚愕の事実が明らかになり、本シリーズは更に続いて行きそうである。

「ソフト・ターゲット」  (2012年)

 感謝祭あとの“ブラック・フライデー”とあって、大勢の客で賑あうミネアポリスの巨大ショッピングモールが正体不明のテロ集団に占拠される。リーダーは指令室を乗っ取りコンピューターシステを支配下に置き、外部からの潜入を完全阻止。ミネソタ州警は手の出しようが無い。ところが買物客の中にレイ・クルーズと婚約者一家がおり、レイは敢然とテロ集団攻略に乗り出す・・・。

 謂わば、ハンター版「ダイハード」。映画的手法で、短時間での攻防戦が、フラッシュバックも取り入れながら、ジェットコースター・アクション・ストーリーとして展開される。スワガーは登場しないが、前作最後で突然息子と判明したレイ、スワガーの娘ニッキ、FBI副長官に出世したニック、新顔として平和交渉主義者のオボボ州警察長官等多くの人物が登場して縦横にその豊かな個性を発揮し、面白い作品に仕上がっている。

 長く続いたスワガー・ストーリーもいよいよ新世代へバトンタッチか?!・・・又、スワガーの終生の友人ニックは永年の功績によりFBI副長官にまで出世したが、超警察官僚のオボボが“自ら指揮を執ったこの大事件を”結果オーライ“で解決した功績によりに長官に指名される。今後二人の確執が大いに懸念されるところで、マスコミメジャーへの階段を駆け上がるニッキそれらにがどう絡むか??・・・シリーズの今後が益々楽しみになってきたのであります。

 蛇足的ではあるが、レイのフィアンセ→新妻モリーはモン族(ラオス少数山岳民族)の一員。映画評論家出身のハンターはクリント・イーストウッド監督の秀作「グラン・トリノ」を見て、モン族抜擢(!)を思いついたのかもしれない。愛らしくて聡明なモリーに、スーを演じたアーニー・ハーのイメージが重なってくるのでありました。

 

 

ジェフリー・ディーヴァー

 一風変わった人を主人公にしてオタク的な(というか、変質狂的!な)独特の世界を創出するのがディーヴァー。

「コフィン・ダンサー 上・下」(04年10月) 文春文庫 池田 真紀子 訳

名作「ボーン・コレクター」に続いてニューヨーク市科学捜査部長リンカーン・ライムが主人公として登場。過去の捜査時の事故で殆んど全身不随に近く、車椅子での生活を余儀なくされているという設定が極めてユニークで、ディーヴァーの面目躍如といえる。

 犯罪現場に残った証拠を最大洩らさず集めて微細な物的証拠から科学的根拠に基づいた推理を展開する。(日本の科学捜査にも大いに参考になること間違いなし!)今回は稀代の知能犯コフィン・ダンサーとの虚虚実実の駆け引きが抜群に面白い。作者がダンサーにのめりこむあまり、終盤いくらなんでもそれはありえないというストーリー展開はあるものの、犯罪捜査ものとしては抜群の出来栄えであることは間違いない。  

「クリスマス・プレゼント 池田 真紀子 他訳( 文春文庫 05年12月)

 少年の頃から、もともとショートストーリーが好きだったという、著者初の短編集。原題の「TWISTED」のとおり、全篇「ひねり」を加え、技巧をこらしたストーリー展開で、著者は読者を“騙して”楽しんでいる趣が漂う。その“騙し度”においては、最初の「ジョナサンがいない」が秀逸で、冒頭がこれだから、その後の作品に一気に引き込まれる運びとなってしまう。

全16作品の中では音楽好きのパトロール警官がバイオリン窃盗事件を追う「ノクターン」のエンヂングがほのぼのとして一番気に入りました。  

「悪魔の涙」00年9月)土屋 晃 訳

あらためてこの傑作を読み直す。ストーリーは殆んど忘れていて自分の記憶力の低下に愕然とする(!)が、その分、新作を読むようで反ってよかったともいえる(!)

〜〜大晦日に首都ワシントンの地下鉄で銃乱射事件が発生し、やがて市長宛に、2000万ドルの要求と、応じない場合は4時間おきに無差別殺人を繰り返すという手書きの脅迫状が届く。主人公の元FBI科学捜査官で、現在は文書検査士(=こんな職業があるんだ!?)パーカー・キンケイドがこの脅迫状の内容と行間から卓越した分析力と洞察力で、残虐非道の犯人を追い詰めていく。圧倒的な描写力と巧みな筋運びで、アッと驚くエンディングへと読者はグイグイとストーリーの中へ引き込まれていく。

気になったところが一つ。それは・・・実行犯の殺人マシーンとしての描き方が、二番煎じとまでは言わないが、「コフィン・ダンサー」とあい通じる点(=パターン的な類似性)があるところ。勿論、「コフィン〜」が新作なので、「悪魔〜」のほうにオリジナリティがあるわけであるが・・・。

「石の猿」

 一寸変わったタイトルであるが(そして勿論、「石の猿」がストーリーのキーワードとなるが・・・)、リンカーン・ライムシリーズの第4作(3作目の「エンプティ・チェア」は未読)

 密航者をアメリカへ送り出す闇組織“蛇頭”の首領ゴーストは、ライムによって航路を暴かれ、上陸寸前で密航船を爆破し、漂着した密航者達を殺害せんとニューヨークに潜入。チャイナタウンを舞台に、ゴーストを追うライムとアメリア・サックス達の捜査チーム(そして、中国人捜査官ソニー・リーが加わる)と、密航者殺戮を狙うゴーストとの、虚虚実実の駆け引きとスリリングな追跡劇が展開され、一級のエンタテインメントに仕上がっている。

 今回はライムに一目置かせる推理力を見せるソニー・リーの個性が光り、二人のやり取りや密航者家族の行動を通して、作者の中国文化への強い興味とかなりの理解が察せられる。(我々日本人にとっては所与であるが、米英のエンタメ作家で中国大衆文化をここまで掘り下げた例は少ないのではないか。)それとともに、毛沢東〜文化大革命を経ての現在の共産党政権への痛烈な批判も窺われる。

共産中国の行く末はエンタメ「小説にとって今後とも重要な要素であり、ソニー・リーは活かしておいて、将来どこかで再登場させてもよかったのに・・・と残念な感じがする。

 また、あっと驚く“どんでん返し”がディーヴァーの特徴であるが、本作もストーリー展開の中で大小さまざまのそれが仕掛けてあり、作者は読者を“引っ掛ける”のを楽しんでいるようでもある。  

「エンプティー・チェア」 上/下 (06年) 池田 真紀子 訳  文春文庫

 リンカー・ライムシリーズの第3作。半身不随からの回復手術を受けるべく、ノースカロライナ州立付属病院に出向いたライムとアメリアが、パケノーク郡の草深き田舎、大ディズマル湿地帯を舞台に起こった事件に巻き込まれる。自分の直感を信じて突き進んだアメリアは地元警察から追われるという意外な展開となり、この絶体絶命の窮地をアメリアとライムは、果たしてどう抜け出ることが出来るのか?・・・。

 ディーヴァー得意のどんでん返しも秀逸で、謎と波乱に富んだストーリー展開はシリーズ中出色の出来栄えである。

「魔術師」 上/下 (08年) 池田 真紀子 訳  文春文庫

 ライムシリーズ第5作。

 ニューヨークで数時間おきに発生した奇怪な殺人事件。手口からプロのマジシャンの犯行と推測したライムとアメリアに、“魔術師”が挑んでくる。そして、天才的なスーパー・イリュージョニストとライムの壮絶な知恵比べが展開される〜〜。

 敵役がマジシャンだけに、どんでん返しに次ぐどんでん返しで、読者は息つく暇もないくらいであるが、今回は些か“やりすぎ”で、最後の頃には鼻につく。

これだけの奸智に長けた魔術師なら、こんなに持って回ったやり方をしなくても、もっと簡単に所期の目的は達せられたハズであり、今回ばかりは練達のストーリーテラーたるディーヴァーが“策士、策に溺れた”感がしないでもないのである。

「青い虚空」  the Blue Nowhere (02年) 土屋 晃 訳  文春文庫

 02年において、これだけインターネットが生み出す恐るべき世界を描き出したとは、さすがディーヴァー。超ハイレベルなシステムとソフトの世界に正面から取り組んで、これにはおよそ該博な知識においては他の追随を許さないトム・クランシーも脱帽するに違いない。

 ストーリーは、ネット世界(=ヴァーチャルワールド)の掟を破って現実世界で奇妙な殺人事件を起こす独創的にして悪魔的なハッカーと、そのライバルの闘いで、二人の天才が繰り広げる、騙し騙され、虚々実々の駆け引きが面白く、文中高度なITソフトの仕組みが分からなくとも、十分に楽しむことができる。ディーヴァー得意のどんでん返しが随所にあって、しかも最後の最後にもアッと驚く“ひねり”が用意されており、いやぁ、素晴らしい作品です。  

「12枚のカード」 上/下 (09年)   池田真紀子 訳  文春文庫   

 リンカーンー・ライムシリーズ第6作。 

ハーレムの高校に通うジェニーヴァは博物館で、先祖である南北戦争の英雄チャールズ・シングルトンの記事を読んでいたところ、何者かに襲われそうになるが、機転をきかせて危機を脱する。 

 友人のセリットー刑事から「少女強姦未遂事件」として捜査の協力を要請されたライムとサックスは、その後も執拗にジェニーヴァを狙う犯人を追ううちに、先祖のシングルトンが絡んだ140年前の陰謀と絡むことに気づく。

 きわめて狡猾な犯人をどう追いつめるか、そして140年前の秘密をどう解き明かし現代の捜査手法で立証できるのか?・・・作者は難題を自らに課し、それを持ち前の構想力・構成力で、巧妙なストーリーを展開していく。ジェニーヴァと先祖のシングルトンをはじめ、彼女の仲間の女子高校生など登場人物のキャラクター描写が素晴らしく、ストーリーに鮮やかな躍動感を醸し出していうのは流石である。  

静寂の叫び」 (00年) 飛田野裕子訳 早川文庫

カンザス州南部穀倉地帯のクロウリッジのアーカンソー川脇に立つ旧食肉加工場に、聾唖学校の生徒8人、教師2人を人質に脱獄囚3人が立てこもった。FBI危機管理チーム交渉担当で、立てこもり事件の交渉専門家ポターは情報担当ヘンリー・ラボウ、情報担当トピー・ゲラー、行動科学のアンジー・スカペーロとチームを組んで交渉に当たる。

脱獄囚の頭ハンディは恐ろしく知恵が回りポターたちを翻弄する。一方、人質の中で気弱な教師メラニーが、彼女が心服する聾唖世界の伝説的な指導者ドゥ・レペの幻が与えた勇気によって凶悪な犯人に冷静に立ち向かっていく・・・。

FBI交渉チームと地元警察、州知事や法務次官補などの権限・メンツ争いや、犯人逮捕優先と人質解放優先を巡っての確執、聾唖者の心理の奥深くまで分け入った見事な描写による巧みなストーリー構成・・・そして最後の、まさにあっと驚くどんでん返し・・・デーヴァーの初期最高傑作といえよう。

「獣たちの庭園」 (06年)土屋 晃 訳  文春文庫 

 時は1936年。ニューヨークの殺し屋ポール・シューマンは海軍情報部の罠に嵌り、電気椅子送りとなるか、それとも

極秘指令に従うかの選択を迫られる。その指令とは、ドイツ系アメリカ人であるポールを新聞記者に仕立て、オリンピックが開催されるベルリンへ選手団とともに送りこみ、ドイツ帝国の軍備強化を主導するナチスのキーパーソン・エルンスト大佐を暗殺しようという企て。

〜〜ポールは陸上の花形ジェシー・オーエンス等と共に、ベルリンに到着し、ターゲットに近付くベく行動を開始するが、何者かが潜入するらしいとの情報を掴んだクリポ(=ドイツ刑事警察)の敏腕警視ヴィリ・コールがその明敏な頭脳で暗中模索に近い処から次第にターゲットに迫る・・・。

ディーヴァーが近過去とはいえ、歴史ものに初めて挑んだ作品。綿密な調査に基づいて、当時のドイツ社会や、ナチスの要人人物像などが生き生きと描き出され、又ポールの作戦推進過程と、一方、謎の人物を追うコール警視の捜査過程の構成は作者ならではのサスペンスが醸し出される。

 先ずは成功作といえるが、・・・偶々、私はこの少し前に、マリ・デイヴィスの「鷲の巣を撃て」(2004年)を読んでおり、

“ナチス暗殺もの”のジャンルとしては、デイヴィスの作品のほうが一日の長があるように思われる。

 

 

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