8月4日(二日目)

窓から外を見ると、今夏には珍しく快晴のようだ。当然寝起きは良くないが、ゴロゴロしててもしようが無いので、サッと起きて散歩に出て、港の突堤へと向かう。島の日差しは強い。まだ七時過ぎだというのにジリジリと焼かれるようだ。

突堤では地元の爺さん達(少しオバさんも混じる)が釣りをしている。「サビキ釣り」だ。ムロ鯵の群れが来たようで入れ喰い状態になった。「今度はオオムロだ」爺さんの口許がほころぶ。タカベをあげている人もいる。なんとも豊かな海だ。暫くの間、人様の釣果で楽しんだ帰り、途中の万(よろず)屋で買った弁当(意外と美味い!)で朝飯を済ませると早々に宿から脱出の算段にかかる。此所で五泊もしたら死んでしまう!とはチト大袈裟だが昨夜のことを思えばもう我慢は出来ない。

丁度道路の斜め向かいにホテルがある。「グリ−ンホテル」といって昔からあった(三十年前もあった)ものを、今年にはいって佐藤さんという三宅と新島でパチンコ店を経営している人が買取って改装し、名も「ホテル海楽」と改めたところとは昨日のタクシ−の運チャンの話。

フロントへ行って恐る恐る「こんなハイシ−ズンに一人で泊れるでしょうか?」と切出したところ、意外にもアッサリと「ああ、いいですよ」との返事。素泊り5,800円也(朝飯別途千円)で話しを決める。助かった!「地獄で仏」とはこのことか。(後刻部屋に案内されると八畳間にバス・トイレ付き、冷暖房完備、浴衣ありで、いうことなしの大満足)早速もとの宿に引き返し、荷物を纏めて道路を渡れば引越し完了。

ツール・ド・ミヤケ

後顧の憂いが無くなったところで、本日は島内一周サイクリングへ挑戦。近くのレンタル店で自転車を借りる。サイクリング車ではなく、(したがって三段変速はついてない)ママチャリである。島の山坂にはチトキツイかなとは思ったが仕方が無い。前の籠にバッグを放り込むと(中身は必需品の水着、シュノ−ケルセット、ミニ水筒、菓子、タオル)、30年前と同じ行程をこなすべく、張り切って出発だ。

少し走るといきなりの上り坂、とてもじゃないが走行不能、ムリはやめて押して歩く。たちまち身体からは汗がドッと吹出す。上り詰めた処を右折すると富賀神社へ向かう下り道。下るとその後又上りが待っている訳であるが、一日八時間と時間はタップリあるので、一周途中の観光ポイントは可能な限り全て見ようと決めている。で、気持良く木立を抜けて下っていくと草丘の突端へ出る。辺りの海は将来海中公園として開発予定とのこと。表示板を見ると、少し沖合いに珊瑚の群落があり、周りを回遊する魚影が濃そうだ。

 潜ってみたい誘惑にかられるが、砂場は無く大石がゴロゴロしている。周りに人影も無い。旅立ち前に女房から「歳と体力を考えて、くれぐれもバカな真似はしないように!」とクギをさされていたのを思い出して断念する。引き返すことなくV字型の別ル−トをたどれば下り坂の本線に戻って快適タイム。広い道路に車影は無く、右手に青い海を見下ろして風を切って颯爽と―気分はツ−ルドフランスである。

下り切ると神澪池跡に着く。前回来た時は、こんもりとした木立の中に池があって、トンボや蝶が飛び交い、子供が桟橋でノンビリと釣り糸を垂れており、此所が島であることを忘れて、恰も草深い田舎の山懐へ分け入ったような気分に囚われた記憶がある。

ところが58年の大噴火で、雄山の山裾を猛スピードで駆下った溶岩流が引起こした水蒸気爆発で池は吹っ飛び、一瞬にしてその姿を消してしまったのである。

今整地された階段を登ると、眼下には大きな池跡の窪地が見えるだけ。往時を知るだけに、大自然のパワーの凄まじさをあらためて思い知るばかりである。道路を隔てた海側へは赤銅色の火山灰が固まって青い海へとせり出しており、見事な景観を作り出している。あたかも月面の砂漠のようで、思わず徘徊したい誘惑に駆られるが、「危険立入禁止」の看板を見ては自制せざるをえない。

 

   (大噴火前の池)         (水蒸気爆発で水が吹っ飛んだ池の跡)

再び上り道を辿って次のポイントは大路池。アカコッコ(バ−ドアイランド三宅のシンボルの野鳥)が住む森の中を降りて行くと池面が見えてくる。螺旋状に下って更に進むと池のほとりに辿り着く。阿古地区の上水道の水源だけあって堂々たる大池である。

桟橋に立つと、透明感のある水中に固有種の大路藻が浮かんでいるのが見える。円形の池を囲んで影を落とすのは椎の原生林の大群落だ。58年の噴火時は、夥しい火山灰に覆われて存立が心配されたというが、自然の回復力も又驚異的であり、今は何事も無かったように静かで深い森が広がっている。汗ばんだ肌に池面を渡る爽やかな風が心地良い。  

         (大路池)

木立の中の砂利道を喘ぎ乍ら戻って、農事試験場の大温室へ立ち寄り小休。次に坪田地区を過ぎて、飛行場に掛かる手前を海沿いのサイクリングロ−ドへと辿る。海辺の溶岩の岩場の影から高台の草叢へと、イタチが一匹サッと駆け抜けた。先へ進むと三池港に着く。竹芝からの汽船は通常ここへ着く。土産品店が多い。帰りの人もボツボツ集まり始めている。

港の先は三池浜、「石」が細かく、波も穏やかで島一番の海水浴場であるという。ここは明日ゆっくりと来ようときめて走り抜け、次のサタド−岬目指して急坂を登る。横をバイクのおじさんが「あんた、こんなとこを自転車で行くのかね、大変だぞう!」とビックリ顔で一声かけて通り過ぎる。サタドー岬の下一帯は海の難所で灯台がある。上からの見晴らしが素晴らしそうだ。灯台の上まで登りたい処だが入口の門には鍵が掛かっていて、辺りには人の気配もない。残念ながら諦めて元へと戻る。

更に上りを行くと「三七山」から「赤場暁」。昭和37年大噴火の跡だ。赤茶けた溶岩流の中を開いた道を進んで、展望台で一休み。緑の山肌、赤い溶岩、青い海。見事な色彩のコントラストである。ル−プ道をサァ−ッと下っていくと、海に突出たすり鉢状の赤い小山が迫ってくる。新東京百景の一つ「ひょうたん山」、昭和17年大噴火時に海底から迫り出した噴火口跡で、言わば三宅島のダイヤモンドヘッドだ。見事な島一番といえる景観に思わず「ヤッホ−!」と声を上げたくなる。

 ひょうたん山の麓で自転車を降りる。柵はあるが中へは入れそうだ。噴火口跡の頂をめざしてなだらかなスロ−プを登る。海からせりだして50年以上経つというのに草一本生えていない。まるで月面を歩いているようだ。すり鉢の淵に立ち見下ろすとコバルトブル−の海が見える。透明で波静か、よく見ると家族連れがひと組遊んでいる

   

   (三七山からスロープを下りました)       (ひょうたん山)

 これなら泳げそうだ!と山を降り自転車を駆って砂道を下る。波に洗われて丸くなった溶岩石がごろごろした海辺に着くと早速シュノ−ケル片手に海へ入る。超穴場のスポットでおそらく滅多に人は来ないだろう。(横にいる一家は余程の事情通か)本当に澄切ったクリア&ブル−ウォ−タ−だ。潮の香りさえしない。

 真夏の強烈な太陽で火照った身体の隅々まで、マリンブル−の水が染み渡っていくような気がする。熱気に水が当たって身体がジュッと音をたてそうだ。何とも言いようのない程心地良い。透明な海の中を覗いてみると、溶岩ばかりで餌も無いからか魚の影は全く見えない。このまま日暮れまでここに居たい処だがそうもいかない。まだ行程半ばまでも達していないのだ。

 暫しの陶酔状態を断切って、先へと進む。日は中天に高く、再び汗が吹出してくる。喉が渇く。途中道端の店へ度々寄っては500mlの飲料を求める。釜ノ尻海水浴場が見えてきた。小さいが奇麗な浜だ。此所は一寸見渡しただけでパス。浜の上の数軒の家の中に、一軒韓国スナックの看板が見える。東海の外れの島のその又片隅に・・・コリアンは逞しい、こんな処まで来て稼いでいるのだ。こちらも逞しく、汗を流して只管(ひたすら)自転車を漕ぐ。登りはトロトロと押すだけだが、下りは爽快だ。前後左右、人も車も殆ど無いからノンブレ−キでイッキ下り、年を忘れる。

グングンと下って島で一番大きな大久保浜をめざす。岩山に抱えられるようにして弓なりの浜が広がっている。ここも波打ち際は丸い溶岩石で覆われ砂がない。素足では熱くてとてもじゃないが歩けない、サンダルを履いたままで海に入る、少し冷たい。右手ではスキュ−バダイビングの訓練をしており、コ−チの掛け声が広い海原に響く。

(大久保浜)

遊泳指定の浜には全て見張り台があり2,3人の若者が詰めている。皆ボランティアだそうだ。沖のヴイで囲ったエリアから少しでも外れると、すぐにサ−フボ−トを漕いで注意に来る。安全管理の徹底状況と彼等の真面目な仕事振りには、ほとほと感心した。海は急深でシュノ−ケルでは魚影を捉えられない。30分程で切上げる。

ここから先は登りが多い。汗を拭き吹き蝉時雨の山道を、けんめいに自転車を押す。流石に些かバテてきた。伊豆岬サイクリングロ−ドに差掛かるが、ここはカットして帰路を急ぐことにする。      日も西に差掛かってきた。何処まで続く登りかなとウンザリしだした頃に下りに差掛かり、坂を下り切ると、後は呆気ないくらいの感じでサアッ−と阿古の部落へと帰ってきた。

時刻は4時半。出発から七時間半の行程であった。ともかく30年前と同じメニューをこなしたのだ!という自己満足にしばし浸たる。自転車を返すとご贔屓(?)の万(よろず)屋でビールを買い、港の岸壁へ行ってゴクゴクと飲み干す。ウマイ!本当にうまい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次へ   戻る    ホームページトップへ

 

 










 

 

 

inserted by FC2 system