5日目・3月31日(木)

終日航海

 目覚めると、いつもの(?)ようにデッキに上がると・・・なんと、昨日の好天がウソのように空は厚い雲に覆われ、海は白波が立っているではありませんか!・・・地中海から大西洋へ出たせいでしょうか?

     

私)「なんか、ロードスからアレキサンドリアへの大荒れの航海のような気配だなぁ・・・」

(妻)「あなた、縁起でもないこと言わないでよ!」

・・・幸い、その後大事には至りませんでした。

 終日航海日の朝食は「マンハッタン」で優雅にアラカルトを!・・・ということで、一行が集まります。テーブルに着くと直ぐにカップにコーヒーが注がれ、おもむろにメニューが提示されます。“そう、飲み物はトマトジュースね。それから・・・プレー・ンヨーグルトにフルーツ盛り合わせをお願い。パンケーキに、サイドはベーコンを。あとオムレツ、具材は全部入れてね”

・・・メニュー表のままにオーダーすると、やがて次々と料理が運ばれて、もうサイドテーブルが必要なくらい。そして、それ等を完食すると、お腹いっぱいで、その後消化しきるのに難儀する破目に陥ります。でも、わかっちゃいるけどやめられない!・・・のが凡人の悲しさです。(おしゃべりに夢中で、写真を撮るのを忘れました)

腹ごなしにはデッキで海を見ながらウオーキングをすればいいのですが、15階だと、なにしろ揺れるし寒いし・・・

船内マップを見ると7階に「ウオーキング」コースを見つけたので、行ってみます。既に何人かが早足で歩いています。全長250mくらいのコースを20往復くらいせっせと歩きましたが、いっこうにお腹は空きません。(困ったナァ!)

本日のショーは午後3時から6階のバー・フットライナーズで、「ソウル・サティスファクション」。

やや太めのアフリカ系4人組のボーカル。声量、表現力豊かで、素晴らしいハーモニーです。ドリフターズ、プラターズ、スタイリスティックスなど50〜70年代のヒット曲を次々と披露してくれて、シニア主体の観客は大満足です。それにしても、昨夜のダンスショーといい、この船のショーはレベルの高いパフォーマーを揃えています!

その後は、「スパ」でバブルに揉まれます。〜〜こうして終日航海でも、時間は飛ぶように過ぎていきます。

 

夜はちょっと軽めにと、6階の「上海&ヌードルバー」へ。旅行前にさまざまなブログを見ると、此処へ来た人全てが「おそろしくマズイ!」と述べていました。でもそうなると、人間 “怖いもの見たさ”というか、試しに行ってみたくなるものなんです。クルーズ船にフリーの「中華」は珍しいとあってか、外人さんも次々とご入場。

上海’sヌードルバー

まずはスープ・・・妻は卵とコーンのスープ、私は酸辛湯(サンラータン)・・・この二つは意外にもまともでした。次に「餃子と春巻き」を注文すると、殆ど即座にやってきました。春巻きは1本だけ、餃子は3個のみ。「こんだけぇ〜〜っ?」と慌てて追加注文。まずは目の前の品を口へ・・・冷めてて、しかも蒸し餃子は縁(ふち)がカッチカチ=冷凍ものを中途半端に蒸したのでしょうか?! ほどなく追加分が来ました。今度はホットで何とか口に入ります。(最初のは、オーダーミスで放りっぱなしになっていたのを持ってきたのではないかな!)・・・でもどう調理したらこんなにマズイ餃子を作れるんでしょうか?

次に「ワカメ・サラダ」(これはマズマズ)。そして「チャーシューメン」(麺といってもなぜかビーフンです)は、醤油スープに揚げ玉ねぎで風味付けしてあって、この店で日本人がいちばん許容できる料理かもしれません。

  

(ちょっと風変わりなワカメサラダ)  (見た目はマトモな!叉焼ビーフン)

ところで、此処で一番気に入ったのが壁にかかっていた「絵」です。・・・ガラスが光ってうまく撮れていませんが、女子高校生(?)たちがダ・ヴィンチの“最後の晩餐”のポーズをとっています!・・・思わず笑ってしまいました。

  今夜のショーは「4 ever イン・コンサート」。スペインとウルグァイ出身の男性ボーカル・カルテットです。クイーンやアバのヒット曲を次々と披露してくれます。美しくかつ圧倒的な声量に魅了されました。(聞き惚れて写真を撮れませんでした!)

 

 部屋に戻ると、今夜のタオルアートは・・・ワンちゃんです。

  明日はいよいよグラン・カナリア島です。寝る前に少しカナリア諸島のことを勉強しておきましょう。

カナリア諸島はモロッコの南西の大西洋上に浮かぶ7つの島からなる群島でスペイン領土。(スペインからだと1,000kmですが、モロッコからだと僅か100kmです)

ハワイ諸島と同じように海底火山が隆起して出来た島々で、亜熱帯気候で、貿易風の影響で一年を通して温暖で、作物がよく育ち、非常に暮らしやすいという。

  

(右地図の中央・右がグラン・カナリア島、左がテネリフェ島)

原住民はグアンチェ族といって金髪・碧眼の身長2mを超える長身で、遺伝子的にはベルベル系であったらしい。遥かなる昔、モロッコから渡ってきたのであろうか?

・・・なにせ気候温暖で作物もよく育つということから、あくせくせずとも食べてはいけるわけで、のんびりと平和に暮らしていたであろうことは想像に難くない。その結果というか文字を持たず、文明の進歩発展も無く、永く石器時代とあまり変わらぬ暮らしぶりを続けていたそうな。

〜そしてやがて大航海時代となり、スペイン人(やポルトガル人)が来襲。グアンチェ族は勇敢に闘ったが、なにせ石斧と近代武器の戦い。それでも、約5年に及ぶ抵抗の末に敗北し、やがて民族絶滅の悲劇の道を辿ることとなってしまった。

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