5日目(10/16・金) 午前=アマルフィー海岸

有難いことに、今日も快晴です。しかし南に来たというのに寒いです。バスは南東に走って、ナポリに入ります。高速を降りると、住宅地の道端にはゴミが散乱しています。しばらく前に「ゴミに埋もれるナポリの街」と話題になりましたが、その状態は今も続いているようです。(あまり汚いので、写真を撮るのは止しました。もっとも後でわかったことですが、流石に、港に近い表通りにはゴミの散乱はなかったです。)

バス会社の基地で、小型バスに乗り換えてアマルフィー海岸を目指します。ヴェスヴィオ山を見つめていました。

            

                (朝焼けのヴェスヴィオ山)    (別の場所から見たヴェスヴィオ山)

小型バスは高速道路からソレント半島へと入り、狭い山道を縫って走ります。遠くに、断崖絶壁の上に建つソレントの街が見えてきます。

       

 左は岩山、右は断崖が海に落ち込む、ヘヤピンカーブの道を進みます。

      

                  (見上げると絶壁)        (右は海に落ち込む断崖)

やがて、ポジターノの町へ到着。山の中腹から海へ岩肌に張り付いて連なる住宅群。絶景です。

       

 更に、海と山の綺麗な景色が続きます。

       

ポジターノから少し走ったコンカ・ディ・マリーノの入り江にエメラルドの洞窟があるという。寡聞にして、このツアーの日程表を見るまで全く知りませんでした。辺りで1軒の土産物屋の前でバスを止め、海側の国道から階段を下りると建物の中にエレベーターがあり、更に降りて、岩窟を抜けると、海に出ます。そこから船頭が20人乗りのボートを静かに漕いで洞窟へと入っていく。

           

海の下に外海と繋がる穴があり、そこから入る光がエメラルドグリーンに輝くというのだ。 

           

カプリ島の青の洞窟に比べたら、随分とマイナーなスポットであるが、簡単に入れて15分ほどゆっくりと見物できて、これは意外とよかったです。上に戻って展望台になったところに行くと、表示板があって、ロベルト・ロッセリーニ作品はじめ幾つかの映画の舞台になった場所のようです。

この表示板にはありませんが、日本では今年の夏、「アマルフィー女神の報酬」(真保裕一・原作、西谷弘・監督、織田裕二、天海祐希・主演)がオール・イタリアロケで話題を呼び、アマルフィーの名前を広める効果があったといえるかもしれません。

ロッセリーニーの映画で、アマルフィー海岸を舞台にしたものは、「殺人カメラ」(1948年製作で、日本ではなんと1991年に公開された)・・・邦訳タイトルはホラーみたいで無粋だが、実際はこの監督にしては珍しい寓話性に富んだコメディ==或る日、アマルフィーの小さな漁村に住む気のいい写真屋の前に不思議な老人が現れ、写真の対象を死に至らしめる秘術を授ける〜〜といったストーリーらしい。

            

                             (この小さな岬の先端が有名スポットのようです)

 この後、なおしばらく絶景の続く“断崖絶壁ライン”ドライブが続き、途中でUターンすると、中腹から山頂まで何度もヘヤピンカーブを折り返しながら、ソレント半島の付け根まで戻り、次はいよいよポンペイを目指します。

5日目(10/16・金) 午後=ポンペイ

 アマルフィーから50km(約1時間半)で、ポンペイへ。到着後先ずは昼食。喉が渇いていたので今日はビール。前菜はモッツァレラとトマト、珍しくサラダ、そしてメインは大きなピザが一人1! 完食には努力を要しました。お腹いっぱいのところにサービスだということでアイスクリームが出てきました。(メニューと量的には及第点ですが、モッツァレラもピザもフィレンツェのPIZZAMANのほうが美味しかったデス。)

           

       

 満腹になったところで、さぁ、いよいよポンペイの遺跡見物。〜〜小学生のころに、将来是非その場に立ってみたいと思った遺跡が3つあって、「アブ・シンベル」、「トロイ」、そして「ポンペイ」・・・今日で、その3つ目の夢が叶うのです。

・・・皇帝ティトゥスが帝位に就いて2ヵ月後の紀元79年8月24日、ヴェスヴィオ火山が突如として大噴火を起こし、火砕流となって麓の街を襲い、2日間に亘って降り注いだ火山灰は、ローマの商業都市として繁栄するポンペイの町を僅か2夜にして消し去ってしまいました・・・

このまさに劇的なドラマは、古くは映画「ポンペイ最後の日」(1960年、スティーヴ・リーブス、クリスチーネ・カウフマン=本当に綺麗というか、可愛い女優さんでした!)や、近年では数多くのTVスペシャル番組、そしてロバート・ハリスの傑作小説「ポンペイの4日間」等を、折に触れて、見たり読んだりして、興味は尽きることが無かったのです。

       

       

                                       (娼婦の館の絵)

       

 ポンペイを埋めた火山灰には乾燥剤の役目を果たすシリカゲルが大量にふくまれていたため、このように約2千年前の色彩まで鮮やかに残ったそうです。1万人弱が豊かに暮らしていた町ですから、発掘された部分だけでもとにかく広い。しかも石畳ですから、我々の特急ツアーでもいやぁ、足が疲れました。

 「ポンペの赤」で有名な、とっておきの「秘儀荘」とか「円形劇場」など、まだまだ見所がいっぱいあるそうなので、是非もう一度訪れたいものです。

 

5日目(10/16・金) 夕刻=ナポリ歴史地区見物

 さて、ポンペイからバスに乗ると、次はナポリ歴史地区を見学。現在ナポリは観光客が群れになってゾロゾロと歩いては“危険がいっぱい!”ということで、どのツアーも車窓見物となっているようです。で、窓から見たナポリの街角はこんな具合です。(サンタ・ルチア港に面した表通りは、流石にかつて“世界一の美港”と謳われた面影を残しております)

           

       

                          (大きなクルーズ船も寄航)   (ヨットもいっぱいです!)

 ここで、我々にサプライズのプレゼント。ミラノからずっと運転してくれてるアンドレアさんはなんとナポリの生まれ! 港から少し離れた高台に実業家や医者、弁護士が住まう高級住宅街があり、しばらく観光バス進入禁止になっていたのが最近緩和されたとか。今日は天気がいいので、是非ナポリ随一の絶景を見せたい!と、我々を案内してくれました。

丸く弧を描いて夕陽に輝くナポリ湾の奥にはあのヴェスヴィオ火山がその湾を抱くように裾野を広げています。カメラでは全貌を伝えられないのが残念ですが、これはその一部です。

       

                                               (カプリ島)

 港近くに戻ると「卵城」近くでバスを降りて、夕食のレストランに向かいます。

       

 (卵城※)               (サンセット)            (今夜のレストラン)

 ※「卵城」は、ノルマンの王によってサンタ・ルチア港の埠頭に建てられた城で、正式名はカステル・デローヴォ。城を築くとき基礎に卵を埋め、「この卵が割れるとき、城はおろかナポリにも危機が迫るであろう」と呪文をかけられたことから、卵城と呼ばれることになったとか。

夕食は、シーフードパスタと、サーモンソテー。見た目は綺麗だが、ちょっと物足りない!(ビール大ビン€4)

       

 

6日目(10/17・土) 午前=カプリ島/青の洞窟

今日はいよいよ青の洞窟見物にナポリ島へ向かいます。朝起きたときは無風・快晴であったのですが、サンタ・ルチア港に着くと、昨日あんなにクッキリと見えたヴェスヴィオ山に雲がかかっています。渋滞にかからず、順調に着いたので、一便早い船で出港します。(と、ここまでは全て順調!)

“ナポリを見て死ね!”と謂われますが、(で、この諺は、長い航海のすえ、漸く故郷に近づいたものの、病いに倒れた仲間に、“せめてナポリを見るまで頑張れ!”と励ましたのが由来だそうで、必ずしもナポリの美しさそのものを言ったものではないらしいが、船乗りもナポリの景色を思い浮かべたら元気が出たでしょうから、やはりナポリの素晴らしさに通じるということでしょう)

で、ナポリの美しさを実感するには、やはり海から港とその背景を眺めることです。今朝も寒いですが、出航するや、後部デッキに出てナポリ湾の景色を堪能しました。

       

       

(昨日の夕方はあんなにクッキリと見えたヴェスヴィオ山が、今朝は雲に霞んでます!)

 カプリ島が近づいてきます。でもいつの間にか雲が広がってきました。

(互い違いで見苦しいですが、カプリ港のイメージ)

       

   (これが港の全貌?)      (高速艇)           (波止場の風景)

 青の洞窟を見るのはやっかいです。カプリに着くと、小型船に乗り換えて、洞窟の近くに行き、更に4人乗りの小船に乗り移って、ゴー!のタイミングを待ちます。客が多い場合は2時間待ちとなることもあるそうです。(ということは、ナポリを出てから都合3時間半!)やっと入れたと思ったら、洞窟内に居られるのは僅か2分!なんだとか。でもその苦労を全て忘れるほど、この世のものとは思えないほど美しい光景を見ることが出来るのです!・・・

 そんな添乗員・加田さんの説明を聞いてワクワクしながらマリーナ・グランデ港に上陸したのですが、情報を取りに行ったガイドが帰ってくると、「今日は位置口がクローズされているそうです!」・・・ガーン!、この一言で全てパー!

事前に加田さから「入洞出来ない場合は、1000円お返しします。よろしければ、カプリ観光を手配しますが、これは実費をお願いします」と。ところがバッドニュースの後はグッドニュース、(加田さん)「会社持ちでカプリ島観光をします!

入洞不可を見越していたかのように手際よくマイクロバスが用意され、急な山道を高台目指して登っていきます。降りたところで、お決まりのトイレ休憩=土産品店。カプリ特産レモンの加工品が目立ちます。買い物に興味のない夫婦は、この30分を利用して見晴らしの良いスポットへ。

       

(この道を真っ直ぐいくと〜〜こんな景色が。 向こうがソレント半島)

 再び集合すると、次はリフトに乗って頂上へ。頂上からの眺めが素晴らしい。アウグストス帝をはじめ歴代ローマ皇帝がこの島を愛した(特にティベリウス帝は在位期間の半分をここで過ごし執務をとったという)理由が分かるような気がします。天気がよければもっとよかったでしょうが・・・。

     

 リフトで降りる途中、ポツリポツリと雨が降り出しました。昨日までの好天気がうそのような空模様となりました。朝サンタ・ルチア港を30分早く出航したのが、何とか、カプリ観光にプラスになったようです。

加田さんの話によると、以前このコースで来た組は、やはり洞窟に入ることが出来ず、港でそのまま待機して、次の船で引き返したそうで、天候イマイチながらも島内観光が出来た我々は上々であったといえましょう。

それにしても、青の洞窟見物は、極めて“ハイリスク“な観光と言えます。

       

(カプリ島が遠ざかります)

 再びサンタ・ルチア港へ戻りました。小雨の中、歴史地区を少し歩いて昼食へ。

     

     (○○広場)        (レストラン入り口)  (耳たぶのパスタ)     (仔牛のソテー)

 

 食事を終えて外へ出ると、雨は本降りになっていました。これから320km(約4時間)走って、次はアルベロベッロを目指します。

ナポリを抜けると、なだらかな丘陵地帯。今は枯れ草の耕地が広がりますが、本来は小麦畑で、春先にくれば、豊かな緑の絨毯の連なりを一望出来て、綺麗なことでしょう。更に進むと、ブドウ畑、そして”オリーブの海“と呼ばれるほど一面のオリーブ畑が広がってました。晴れていれば、豊かな農園風景を楽しむことが出来たでしょう・・・。

 

6日目(10/17・土) 夜=アルベロベッロ到着

 8時前にアルベロベッロのホテル=コッレ・デル・ソーレに到着。このツアーにしては珍しくというか、唯一、観光スポットへ徒歩圏内(10分)の好立地にあるホテルです。但し、設備はイマイチで、風呂はシャワーのみ(お湯もぬるめ!)

           

 内部点検を終えると、早々に夕食。マカロニと、ポーク・ソテーに少々のフルーツ。イタリアのぶどうは皮が薄くて、甘くて美味しい。

       

 (加田さん)「見物アリアはライトアップされていて夜も綺麗ですよ」ということだったので、食事を終えると、土砂降りの雨も厭わず、見物に出かけました。ライトアップというよりも、街灯が点いているだけでしたが、“おとぎの国”の雰囲気の一端を感じることが出来ました。

           

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